2010年03月19日

エハンの友人の展覧会


Posted by エハン at 09:31イベント情報

2010年03月18日

地球巡礼者─アースピルグリム(5-1) 地球と人類の調和

今回の章は、今までの章の中で最も多くのメッセージが含まれており、かつ、文明の中で生きる私達にとっては「掴みづらいもの」という印象を受けました。
それだけ非常に深く、潜在的に含まれた意味がある──そう感じたのです。

今回、私は記事にまとめるのが「とても難しい」──そう思いました。
この章の中には「巡礼者として生きる在り方」「シャーマンという、自然と宇宙に直結した存在」の両者が描かれていたからです。
そこで悩んだ結果、この章に関しては「巡礼者として生きる在り方」と「シャーマンの(自然と共に生きる)在り方」の二つに分けることにしました。
今回は、「巡礼者として生きる在り方──地球と人類の調和」について、記事にしたいと思います。


一番最初の解説で、私は「この地球巡礼者という映画そのものが、土着した民族性である日本人に理解出来るか疑問だった」と書きましたが、今回の章はそれが如実に描かれていました。
しかし、「だからこそ」──この章は、私達にとって「とても大切な章なのだ」と、そう思えるのです。

前回の章では「太陽系そのものが巡礼している」という問題提起──すなわち「生命の在り方そのものが、巡礼という方式の中にあるのではないか」という疑義が描かれていました。
そして、今回の章ではその前の章(3)にある「世界的な危機」、および(4)の「環境への適応と、生命そのものが巡礼者であることを受け入れることによる進化」を複合させ、「その答え」を模索する為「ペルーの巡礼の旅」が描かれています。
ペルーの巡礼、そしてペルーの人達が感じる自然への畏敬に関し、レネ・フランコ・サラスはこのように語っています。

「私たちは祖先の伝統を継承しています。祖先は自然を敬い、大切に守ってきました。山やジャングルからやって来た彼らは、母なる大地”パチャママ”に畏敬の念を抱いていました。”パチャママ”は、神でも人でもありません。宇宙に存在する万物の完全なる調和です。太陽も月も、その一部です」

「神でも、人でもない」──。
ここに、ペルーの人達独特の「信仰心」があるように思いました。
要するに、彼らが祈っているのは利益や繁栄の為ではなく、共存と調和の為なのだ──と。
もしかしたら、私たち文明人の考え方と「最も違う」のは、その点なのかもしれません。

「人類に調和が訪れることを祈るのであれば、まず最初に、自らの内なる調和を見つけることから始めれば良い」

ナレーターの語る言葉に、私達が求めなければならない姿勢が示唆されているのかもしれません。

レネ・フランコ・サラスは語ります。
「この巡礼は”星と雪の祭り(ルビ・コイヨリッティ)”と呼ばれています。生命と自然を敬い、感謝する一種の形式に過ぎません。すべての生物に生命を与え、維持する要素がここにあります。(中略)
ここアンデスの社会には、自然の秩序が存在します。”アイニ”というバランスを保つ方法です。”アイニ”とは、お互いに助け合い、分け合い、他人のために尽くすシステムなのです」


自然と共存しあう人達は、大地も、草木も、すべては「生きている神聖な存在」として見ています。しかし、私達文明人にとってそれは「物質のひとつ」でしかありません。
地球も「ただの鉱物」──そうとしか思っていない科学者や地質学者は、大勢いることでしょう。
しかし、すべてが「生命である」──そういう視点に立ち返ることで、私達は多くの気づきと、今ある危機の回避と、同時に「何が過ちだったのか」に、気づける謙虚さを持てるかもしれません。

アプ・コイヨリッティという、とても高い山の頂きにある「氷」を取りにいく巡礼に、エハン・デラヴィとスタッフは参加しました。
そこには毎年、6万にも及ぶ人達が巡礼に訪れるそうです。とても過酷な、高山の道をひたすら登り続ける巡礼。
彼らを突き動かすのは、ひとえに「信仰心」であり、そこにはいっさいの疑念も猜疑心もないのです。
ここにある宗教は「スペインに侵攻された歴史」が物語るかのように、キリスト教と水を信仰する先住民の民俗宗教が合致したものです。
これを見れば、「宗教は形ではないし、祈る対象が問題なのではない」ことが、お分かり頂けるはずです。
宗教に必要なのは、形式ではなく──「信仰心」それだけなのだ、ということが。
周りの環境に感謝し、与えられていることに感謝出来る──それこそが、大切なのだということも。

地球巡礼者──。
これは、ただひとつのテーマだけで語れない「壮大な内容なのだ」ということを、私は実感せずにいられませんでした。
地球巡礼──すなわち「今まで地球が経てきた歴史」イコール「人類が犯してきた過ち」をも、振り返らないことには話を進められないからです。
だからこそ、私はウェイド・デイヴィスの言葉が印象的でした。

「原住民は、環境の変化は自分たちの責任だと考えます。これは悲劇的なことです。"ヒマラヤ"や"アンデス"の人々は地球は生きていると信じ、山の神の存在を信じています。物事がゆがめば、自分の問題ととらえます。
最も胸が痛くなる一例が、コイヨリッティなのです。
伝統的に見ると、先住民族の宗教文化とキリスト教文化の融合です。アンデス世界をよく表しています。インカの文化と同様に、カトリックの影響を受けているのです。
巡礼は神聖なる活動になります。地域から持ってきた十字架を担いで登り、シナカラを見下ろす氷河の頂に、それを打ち立て、一晩置いてパワーを注入し持ち帰ります。
昔は氷のかたまりも持ち帰っていたのですが、氷河の危機を知ってからは、持ち帰らなくなりました。自分たちの責任だと思っているのです。氷河から削られた氷のかたまりは、巡礼に参加できない人のために持ち帰られていたのです。それは溶ける量に比べればごく僅かです。

人間の大量虐殺は、必ず非難を受けますが、直接的でも間接的でも、民族文化の破壊は非難されません。むしろ"発展途上"の問題として推奨されているのが現状です。
人類学の世界にいる人間は、民族文化を閉じこめることは勧めません。博物館用の生きた標本ではないのですから。
"変化"は文化の脅威ではありません。
すべての文化が、変化を受け入れてきました。テクノロジーは脅威の対象ではないです。インターネットは自由を与えるツールとして、世界的に人に力を与えてくれるのです。ラコタ族が弓矢をライフルに持ち替えても、ラコタ族に変わりはありません。私たちが、馬車を車に変えても、人種は変化しないのと同じです。文化は繊細で壊れやすく、"消えゆく運命"だと考えるのは正しくありません。
変化や技術ではなく、権力に脅かされているのです


この言葉──。私達日本人も、聞いていて苦しくなるのではないでしょうか?
私達の文化は、今、どこにあるのでしょう。
着物を着ている人が、街をどれだけ歩いているでしょうか? 畳の上で、正座をして暮らしている人が、どれだけいるでしょうか?
文化はいつしか「ファッション」となり、日本人特有の文化であった「道(茶道・剣道・柔道)」も、ただの作法になり果てている──。
文化──。
失ってはいけないものが、日本の中で失われつつあります。
私達は戦争ですべてを失った後、高度経済成長やバブル期を経て豊かになったものの、「もっと大切だった日本人の精神性」を失ってしまったのかもしれない──そんなふうに思わずにいられませんでした。

ウェイド・デイヴィスは、とても大切な言葉で締めくくっています。

「著書にも書きましたが、望みは残されています。文化を破壊するのは人間ですが、しかし人間は、保存の促進もできるのです。この"破壊"のプロセスは、自然界から起きるものだとすれば、まったく何もできない。
しかし、決してそうでないから選択が可能です。
先住民の文化を昔のままに固定しないで、逆に、どういう生活をしたいのかを自問し、すべての民族の経験と知識を集め、多くを学べる多文化の世界をどうやって築いていくかを考えることです」


この文化の在り方については、日本人も決して他人事ではないはずです。
もしかしたら──未来の地球では民族、血縁、人種いっさい関係なく「文化による棲み分け」が、行われているかもしれませんね(笑)。

DVD「地球巡礼者」絶賛発売中。(すでにお持ちの方は、これからの解説も踏まえて視聴して頂けましたら幸甚です。何度みても必要なメッセージが、この中に含まれている──私はそう感じました。)

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YOU are EARTH 篠崎由羅  

Posted by エハン at 23:20

2010年03月16日

地球巡礼者─アースピルグリム─(4)宇宙でさえもが、巡礼者

「私たちの宇宙観は間違っているかもしれない。真実の宇宙の本質を把握した方がより良い」
カール・セーガン


 (3)の章では「世界が直面している経済問題」などがテーマでしたが、今回はさらに視点が広がります。
 DVD「アースピルグリム」の構成は、まず「個人レベル」での存在意義──それが「巡礼である」とされているわけですが──から始まり、次の章で今まで私たちの精神的土台とされてきた宗教の在り方に疑義を投げかけ、そして「世界の現実問題」を直視し、「私たちを取り巻く環境、宇宙そのものを、本当に自分達は正しく理解出来ているのだろうか」という問題提議へと至ります。

 物理学者のナシーム・ハラメインは、こう語っています。
「私は、人類が非常に重要な分岐点に達していると考えています。『事象の地平線を越える』と呼んでいます。
 まだ選択の余地がある重要な時期なのです。競争や戦争を中心とした生活を継続して、自滅の道を歩むのか、それとも、大切な教訓を学ぶのか私たちの意思次第です」


 競争や戦争を中心とした生活。
 これはそもそも、どこから来たのでしょうか?
 弱肉強食とされる競争主義は、ダーウィンの進化論との結びつきが高いとよく言われています。
 しかし、本来「生命の進化の在り方は、まったく違う」と唱えた学者もいたのです。
 それが、ジャン・バティスト・ラマルク(1809~1882)です。
 エハン・デラヴィの著書「人類が変容する日」に、ジャンが提唱した「進化論」が記されています。

 ──以下転載──

 彼が提唱したのは、お互い協力し合う者は、長く生き残るということでした。
 言い換えれば、環境の変化に対応していく、委ねていく生命体が繁栄するということなのです。ラマルクの言っていることは、ダーウィンとはぜんぜん違うわけです。
 そして、その危機を体験することによって、生命体はどんどん進化していくということ。彼は、進化について言えば、危機は良いことだと思ったんですね。危機は悪いことではなく、それがあってこそ、進化のスピードが速くなるということです。(中略)
 そして、何が一番大切かというと、その生命体をとりまく環境だと言ったのです。(P35から引用)

 ──転載以上──


 ここで言われる「危機」──。
 これは、今まさしく私たち人類が置かれている現状ではないでしょうか?

「新たな面から宇宙を理解すれば、万物のつながりを実感できるでしょう。人類と宇宙との関係を理解できるのです。まだ手遅れではありません。私たちは、まだ分岐点にいるのですから

 分岐点。
 それを実感している人達は、おそらく今この記事を読んで下さっている方々以上に「大勢いるのではないか」──そう感じます。
 精神世界のことを何も知らない人達も、感じているはずです。それは、新聞の社会記事から──ニュースの報道から、そして、連続する地震、異常気象からも感じ取っているはずです。

 私たちの生命体をとりまく環境が、「まさに危機的状況」にあり、
 そして、私たちは誰ひとり例外なく「今、岐路に立たされているのだ」と。

 ナシーム・ハラメインは続けます。
「私が思うに実際、私たち人類は、混乱が増している非常に張りつめた状況にいます。ますます多くの情報やエネルギーが、社会に注がれているからです。すべてが吹き飛びそうな方向へ私たちは進んでいるのです。それほど危機的な状況です。私たちが人とつながり続け、協力して次のレベルに進むことができるとしたら、再びすべてが調和した世界を手に入れることが出来るでしょう

 調和した世界──。
 今の現実を振り返った際、それが一体どこに存在しているというのでしょう。
 私たちは便利になった生活と引き替えに、大切なものを失ってしまった。
 それが、自然と一体化した生活──「宇宙とのつながり」です。
 でも、それはただ瞑想して、社会を断絶して、ただひとり苦行者となれば取り戻せるようなものではなく、「人と人が、生命や、自然とつながりあう共存共栄を目指してこそ、再びとりもどせる絆」なのだと、私はそう思います。
 そうでなければ、何故、創造主はこの世界に「これほど多くの人々と、生命を育んだ」のでしょう?
 たったひとりの修行だけですべてケリがつくのであれば──地球にこれほど多くの命も、人種も、動物達も「必要なかったはず」です。
 私たちは「自分達が何故、この地球に存在するのか」を思い出し、そして、ラマルクが言うように「協力しあってこそ、進化の道」を辿れるのであるとしたら──まずは、「私たちの存在意義を思い出すのと同時に、私達を取り巻く環境に対する本当の理解をすること」が大切になってくるのかもしれません。
 
 だからこそ、この章で「宇宙に対する理解への疑義」が、提示されるのでしょう。
 人智学者・ルドルフ・シュタイナーも、「人々が目にしている宇宙は、本質の宇宙ではない。喩えていえば、宇宙の肉体を見ているようなものでしかない」という表現をしていました。
 それは、ひとりの人間を理解しようとした時、その人がどんな生き方をしてきて、何を思い、どんな価値観の中にあったかといった「存在意義」をいっさい問わず、「肌の色が黄色い」「目が黒い」「髪は黒い」「鼻はひとつで口もひとつだ」と、そんな表層的な部分しか問い沙汰してないのと同じことなのではないでしょうか?

 もしも私たちが、「宇宙の在り方」「生命の在り方」すべてを誤解していたとしたら──ただの「表層的なうわべ」だけで論じているのだとしたら、「環境問題」「世界の問題」を論じるその姿勢さえも間違えていないだろうか──そう、この映画では問いかけています。

 ナシーム・ハラメインは「太陽を中心に惑星が廻っている」という考え方自体が、「馬鹿げている」と指摘します。
 「太陽系そのものが、移動しているのだ」と。
 そして、他の惑星も共に移動していると。
 太陽系そのものが、宇宙を巡礼している──これは非常に驚くべき、そして、とても斬新な視点です。
 
 私たちが「巡礼者」だということに気づけば、次のステージに進んでいける──。
 
 グラハム・ハンコックは「時代が終焉を迎えているのかもしれない」、そう告げています。
「私たちの世代には、すべての生物が時代の終わりを迎えているのかもしれません。今までの終末論や予言のように、大きな変動がすぐ目の前に迫っているのです。何も考えず、何の準備もせずに、その時を迎えるのは、とても恐ろしいことです。私たちはこれから起こることに、無関心すぎるのです」

 古い殻にしがみつけばしがみつく程、我々は変化を否定していることになる──。
 それは、滅びかかった「資本主義」というシステムにしがみつき、利益主義に走り、いまだ「独占」「支配」という考えから離れず、あえぎ苦しむ人類を指し示しているようにも思えます。

 私たちが「巡礼者」であるということに気づくということは──同時に、「私たちは何も持っていないのだ」という気づきへと導きます。
 
 ピース・ピルグリムは、こう語っています。

私は何も所有していません。それが巡礼者の在り方です」

 これは、私たちにもそのまま言えることではないでしょうか?
 私たちは生まれてくる時、何も持って生まれてこなかった。
 そして死ぬ時も、何も持って行けないのです。
 そうした「人間の根本的な存在意義」こそが、すでに巡礼者の在り方であるというのに、私たちは生きている最中あれやこれやと所有したがり、執着し、支配し、独占したがる。
 もうその時点で、私たちは「道を誤っている」のかもしれません。

 宇宙も巡礼者であるとしたならば、フラクタル理論で考えたって同じように人類も「そう」であるとしか言いようがないのかもしれない。
 そしてそれは、誰もが「本来気づいていながら、『気づいてないフリをしている』だけ」なのかもしれません。

 私たちは「何も所有していない」。
 「何ひとつ、私たちのものではない」。
 肉体でさえ、「借り物でしかない」。

 そう気づいていながらも、「気づいてないフリ」をして、その不安をかき消すように物に執着し、人に依存し、お金を求め、ただ現世利益的な願望のみを求める──。
 そうすればする程、苦悩が増すことに気づいていながら──それでもまだ、「気づかないフリ」をしている……。

 もう私たちは、「本当の生命の意味(私たち人類の存在する意味)」に目覚めなければならない時に、来ているのかもしれません。


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【参考文献】


文責:YOU are EARTH 篠崎由羅  

Posted by エハン at 13:03

2010年03月13日

地球巡礼者─アースピルグリム─(3)人類が過ち、失ったもの

 こんにちは、YOU are EARTHの篠崎です。
 今回の(3)は前回までの章と違って、私達に直接的に関わる問題がテーマになっています。
 いわゆる「社会問題」であり「経済問題」。
 しかし、これを精神性や意識と切り離して考えることは間違いです。何故なら目に見える現実は、意識の結果の現れでしかないからです
 逆に言えば、私達の意識が変わらない限り「悲惨な現実は、いつまでも続いてしまうことになる」のでしょう。

 「ナショナル・ジオ・グラフィック番組」などでも有名な人類学者ウェイド・デイヴィスは、90年代初頭から現在まで続いている経済不況について、このように説明しています。

 「金融市場の破綻の原因は、90年代前半にMITの大学院生の案を採用したことでした。(中略)金融破綻の根源は、住宅ローンや借金に、保険をかけるという考えです。
 会社が返済を保証するので、どんどん借金ができるのです。それを続ければ、借金は膨らんでいきます。突然、お金を手軽に借りられるようになったのです。返済が滞らないことを前提として行われていたことですが、返済できなければシステムは破綻します。
 例えばひとつ例をあげると、ある保険会社が不動産そのものではなく、借金の保証をするとします。家が全焼したら保険会社は、損害を補填します。しかし保証する借金の額が膨らめば、システム全体が崩壊します。それが現状なのです


 今では人体の保険だけでなく、様々なものにつけられるようになった「保険制度」。
 これが一番最初に登場したのは、中世ヨーロッパ時代──キリスト教絶世の頃でした。その頃はいわゆる「相互扶助」の意識のもとに誕生したものが、様々な改正を加えられるうちに、現代の保険制度へと変わっていったのでしょう。
 お金は「目に見えます」。手にもすることが出来ます。
 でも、その全体システムは、誰の目にも見えません。だからこそ、手探りで方策を練らねばならないのでしょう。
 それこそが、映画の中でも語られていたグローバル的な病。その根源の要因を探らない限り、治療は出来ない──。その通りなのかもしれません。

 また、物理学者のナシム・ハラメインはこう言います。
 「この事態を引き起こしたのは私達人間なのです」と。「宇宙空間に破壊的行為を投げかけたのだから」

 確かにそうですね。
 それは、日本もよく分かっているはずです。広島と長崎に落とされた原爆──未だに、被爆者の人達は存在し、その影響は新たに生まれる生命まで影響しているのです。
 それは人間だけが被害者なのでしょうか?
 いいえ。原爆が落とされたことで──どこかの海で核ミサイル実験が起こることで、そこにいる全生命が命を奪われ、生態系のすべてが崩されているのです。

 そうしたのは、一体誰でしょう?
 「どこぞの国のおえらいさん」だけではありません。
 「自分は一市民だから関係ない」そんなふうに思ってしまう視点──世の中の悲劇を「他人事」として捉えてしまう「視点」──そうした「無関心」こそが、今、こうした問題を引き起こしているのだと、私にはそう思えます。

 この世に生きている以上、誰もが幸福になる権利があります。
 でも、それと同時に、「誰かが理不尽な差別を強要され、幸福を享受出来ないのだとしたら、その責任は自分にもあるのだ」と──私は、いつもそう思っています。

 社会を壊したのは、地球を痛めつけたのは──誰でもない。
 「私達なのだ」と──。

 だからこそ、私達は今「自分達がした行為」として、様々な問題と対峙する結果となっているのでしょう。
 ナシム・ハラメインはこう結んでいます。
「私たちは、気づかなければなりません。『これは、望んでいた世界ではない』と。そして、自然との調和のため行動を起こすのです。互いに支え合えば、事態はすぐに快方へ向かうことでしょう」と。

 サティシュ・クマールも、このように言っていました。
「経済よりも環境を優先すべきです。それができなければ、最低でも環境と経済は、同等に扱うべきです。
 経済だけではバランスが取れません。社会のバランスが崩れているのは、環境を理解していないからです。
 私たちが作り上げた経済システムは、混乱や地球温暖化、世界規模の飢餓や貧困を引き起こし、人々の心を疲弊させ、人間の幸福を奪いました。これが経済と環境を切り離してきた結果なのです。」


 こうした生活が、結果的に「人間への心理的負担」に繋がっています。
 便利さ、合理性は、私達に何を与えてくれたのでしょうか?

「所有で幸せは得られない。欲望のままに消費する生活からは、不幸しか生まれません。
 現実に目を向ければ、すぐに分かります。ここ2~300年で築き上げた生活様式は、好ましい結果をもたらさなかったと。
 世界を再設計するためには、意識改革が必要なのです
 私達が想像力や精神性を重んじることの重要性に気づけば、世界を変えることは可能です。(中略)必要性と調和を基に、世界を再設計するべきです」


 私達はとても重大な時代に生まれ、重大な歴史を見、重大な決断を迫られている──。
 そう感じた方は、決して少なくないはずです。

DVD「地球巡礼者」絶賛発売中。(すでにお持ちの方は、これからの解説も踏まえて視聴して頂けましたら幸甚です。何度みても必要なメッセージが、この中に含まれている──私はそう感じました。)

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Posted by エハン at 16:06

2010年03月11日

エハン・デラヴィからのメッセージ

 こんにちは。YOU are EARTHの篠崎です。
 本日「3月10日」は、ネット配信番組「2012ルネッサンス」の更新日です。
 その為、今回「地球巡礼者─アースピルグリム─」の連載はお休みさせて頂き、「2012ルネッサンス」に関する解説などをお伝えいたします。
 まずは、エハンさんからのメッセージをお聞きください




 エハンさんがブログの連載を辞められたことで、ショックを受けた方が大勢いたことと思います。
 私も、そのうちのひとりでした。ですので、エハンさんに電話をし「何故、ブログを辞めたのか」その理由を尋ねました。
 その答えは、この動画の中にあった「通り」です。
 私たちには、確かにもう「時間がない」のでしょう。
 最近私がよく感じるのは時間は絶対的ではなく、相対的だということです。2012年の動きを何となくでも感知している人は、その時間の流れが「異様に速くなっている」ことに気づいているでしょう。しかし、そんなことを露程も実感していない方であれば、「いつもと変わらない日常」でしかない──。
 私は、それもまた「個人の自由」だと考えています。私たちが2012年や時代の変化を信じない人達に「信じろ」と強要するのは間違っているし、また同時に、信じてない人達が「そんなものを信じるのをやめろ」というのも間違えている。
 こうした動きはすでに、「独立個人」として、「自らの行為と言動に責任を持つ時代が到来している証拠」なのではないかと、私はそのように考えています。

 このようにエハンさんが研究されてきた集大成とも言える動画ですが、私は確かに「それほどの内容が詰っている」そう感じました(ただ、思考や考察が苦手な方には、難しく感じられるかもしれません。また、木を見て森を見られない場合の方も難しいかもしれませんが、ある意味「日本人が今後、国際的に生き残っていく為には、絶対に必要な意識改革のひとつ」なのではないだろうか──私は、そのように考えています。

vol1は無料配信となっています。が、個人的には「vol2」以降の方がお薦めです。内容のレベルや深度はvol2以降の方が素晴らしいと感じました。「難しい!」と感じる方もいるかもしれませんが、そういう方は是非、質問するなり調査するなり、理解を深めることをお薦め致します。「今」こそ、必要な情報だと──私はそう思うので。



今回更新されたVOL5のタイトル、および概要を、簡単に解説します。

◆3月10日配信紹介(vol5)◆
「最先端の電気的宇宙論と、古代人達が私たちに残したサイン」(前編)

宇宙だけじゃない、人間、脳、すべてに電気が影響している。
宇宙電気論提唱者が危惧した地球。
地球大激変。宇宙電気論に関する解説。
宇宙は真空ではない、その決定的証拠。
NASAが隠蔽した宇宙電気論。
これまでの宇宙科学論を覆す宇宙電気論。
何故宇宙電気論は、受け入れられにくいのか。

◆最先端の電気的宇宙論と、古代人が私たちに残したサイン」(後編)

◆意識の定義について(一部のみ要約)◆
意識とは「経験」であり、唯物的感覚とは違う。自分が意識しているレベルによって、感じる世界はまったく違う。
想像、妄想が「マイナスに働くこと」はとても多い。しかし、仮に「状況が違う」だけで、同じ現象でも「それを恐怖と捉えるか、よ、喜びと捉えるか」が変わる。しかし、通常の大学では「脳の働き」としか示さない。すなわち「電気的情報」と「ケミカル的な情報」がスパークすることで、私たちが五感で「脳によって作り上げられている」。
でも、脳の中に色はなければ、触覚もない。
意識は三次元に「拘束されていない」──空の世界に意識は充満している。


※感想※これを見ていて、私は去年体験した「非常に面白い実験」を思い出しました。
それは「宇宙気功」というもので、神経集中もしなければ座禅もしない、ただぼんやり立っているだけです。
にも関わらず、気功師の先生が「すっ」と腕を動かすだけで、私の体が勝手に動き出しました。最初は「気のせいだろう」そう思っていたのですが、しばらくしてから先生が「腕を動かさなくなった」にも関わらず、体が動き始めたのです。
先生は、私の前にリンゴを差し出しました。
「この味を、答えてみて」
私は即座に「甘酸っぱい」と答えました。(すみません。スーパーの安いリンゴしか買ったことがないので──)
ところが、今度は先生は「そうね。『甘酸っぱい』ね。じゃぁ、無意識で答えてごらん。五感のすべてをシャットアウトするんだ」。

すると、どうしたことでしょう。
味が、「まったく分からなかった」のです。
甘酸っぱい味も、思い出せない。からかったのか、甘かったのか、苦いのかも分かりません。
私は黙って、かぶりを振りました。
「分かりません。・・・・・・どんな味か、まったく想像出来ないのです」

その答えに、先生は笑って頷きました。
「その通り。無意識は、リンゴの味を知らないリンゴの味を知っているのは、あなたの意識でしかないんだよ」と。

こんな単純な例でもわかるように、私たちは如何に意識に支配されているのか──よく分かりますね。
みなさんが誰かに怒りを感じた場合、それは「相手に原因があるのか」それとも、「本当は、自分が勝手に意識的に作り出した相手の像に向かって怒ってるだけなのか」考える価値はありそうですね(笑)。短気な私(苦笑)も、決して他人事ではありません。



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【番組制作者さんからのメッセージ】 

このネット配信の中で、エハンさんが17年間求め続けてきたものが凝縮されているのでしょう。良心的にも(笑)、1ヶ月更新が出来ます。まずはお試しで見てみることを、お薦めします。
 また、今月末(3月31日)迄に「1年分視聴 10,000円(税込)[2,600円割引]」を申込みされますと、24回放送分(一回放送時間約30分X24回 = 720分 )という約12時間分の膨大かつ貴重な情報を手にすることが出来ます。
また、申し込まれた方、全員にエハン・デラヴィからの特別メッセージDVD(非売品)を直筆サイン入りでプレゼントさせて頂きます。(プレゼントの発送は4月中旬になります。)
お申込は↓からお入りください。
http://www.echan.jp/movie/index.php

エハン・デラヴィ最期のトークイベントも受付中です。
17年間の研究成果すべてを聞けるラストチャンスです。

  

Posted by エハン at 16:13

2010年03月10日

エデン・プロジェクト



来月のエハンのリトリート中、いま世界的に注目を浴びるエデン・プロジェクトを訪問します。  

Posted by エハン at 10:36Travel In UK

2010年03月08日

地球巡礼者─アースピルグリム─(2)人間の欲望──聖なる執着

 こんにちは、YOU are EARTHの篠崎です。前回に引き続き、「地球巡礼者─アースピルグリム─」の解説を致します。

「巡礼」という名を出せば、大抵引き合いに出されるのは「エルサレム」でしょう。
私は子供時代からイエス・キリストを尊敬していたので(注※実家は浄土宗なので、まったく無縁ですが)、いつかは必ず行ってみたい──そう思える場所でした。

 しかし、今やその面影は人々の小競り合いによって、打ち消されてしまった──映画「アースピルグリム」の中に出てきた聖職者達の争いを見て、溜息を吐きたくなったのは私だけではないはずです。

 何故、あのように聖地が奪い合われるようになったのか──そもそも「キリスト教」「ユダヤ教」「イスラム教」の違いが分からない方もいらっしゃるのではないかと存じます。

 最初にあったのは「ユダヤ教」です。旧約聖書を中心に教えを説くのがユダヤ教であり、その教えは「ノアの方舟」や「バベルの塔」「モーセの十戒」など、どことなく戒めを感じさせるものも多く、今で言う「慈愛」とはほど遠い印象も受けます。

 その後に誕生したのは「キリスト教」。しかし、イエス・キリストは最初からユダヤ教を批判していたわけではなく、教義主義に陥っているファリサイ派(パリサイ派という記載もあり)の人々の姿勢を批判していたに過ぎません。イエスが求めたのは「純粋な神への信仰」であり、それは供物や寄付などとといった物質に頼るものではなかったからです。何故そう言えるのか──それは、イエス自身が「自らの身を十字架に捧げた」ことが象徴しています。

 そして、西暦に入ってから500年前後に誕生したのが「イスラム教」です(もっとも、イスラム教の巡礼はメッカ((現在のサウジアラビア))も主流ですが)。
 これは、当時商人だったムハンマドが瞑想中、ガブリエル(アラビア語読みはジブリール)から啓示を受け、そこから派生しました。ムハンマドは当初自分が発狂したのではないかと苦悩しましたが(ムハンマドはとても堅実で、まじめな人柄だったそうです)、彼の口から語られる言葉の多くが人々の感動を呼び起こし、まずは家族が彼の言葉を受け入れ、そのうちに周囲へと波及し、イスラム教へと発展していったそうです。

 ですので、言ってしまえばこの三つの宗教は「兄弟」のような関係性でもあるのです。それが何故か、今のような事態となってしまった──。
 ユダヤ教にしろ、キリスト教にしろ、イスラム教にしろ、「最初は本当に、純粋な神の言葉だったのだろう」私はそのように感じています。
 しかし、何故今のような現状を引き起こしたかと言えば──それはひとえに「聖なる執着」
 「アースピルグリム」で語られていた通り、「エルサレムが最も聖地であるという執着が生み出したが故の結末」だと、私には思えるのです。

 私は、映画の中にあったメッセージに、強く心を揺さぶられました。


 人間同士の戦争や対立が、神の御名に対する見解の違いから起こっている。

 なんと愚かなことだろう。

 争いを望む者はおらず、全員が友好の長いテーブルへの着席を待っているというのに……。

 称えるのはひとつ。

 賛美すべきはただひとつ。

 巨大な鉢の中へ水差しの水を注ぐように、

 すべての宗教と神に捧げる歌はひとつの歌。

 違いはただの幻に過ぎないのだ。

 太陽の光は反射する壁によって……まったく違って見えることもある。

 それでも、同じ光なのだ。

 私たちは太陽の光から衣服と、時空の中にある個性を借りているにすぎない。

 神を超える時光を、反射しているのだ。



 この言葉は、「ひとつの神」という存在に背を向け争い続ける愚かな人類を端的に述べている──そう私は思います。

 親にとって、愛すべき子に差別などない。
 どの子供だって、みな等しく愛すべき存在なのに、かたや子供同士は「やれ自分の方が愛されている」「やれ、お前の信じている親は本当の親じゃない」──そんなことを言って争っているのと大差はないのですから。

 しかし、だからといって「どの子供の言っていることが正しい」なんていうことでもありません。言ってしまえば、「誰もが正しく、誰もが間違っているのかもしれない」。それはひとえに「視点の角度」が違うだけの話でしかないのだろうと、私にはそう思えるのです。

 ある人はそのものを見て「これは円だ」と主張し、ある人は「違う! これは三角形だ」と主張したとしましょう。
 でも、真実の姿は「円錐」であったとしたら──どうでしょうか?
 下から見上げればそれは円にしか見えず、横から見れば「三角形」に見える。
 どちらの言っていることも「正しくて」、ある一方では「間違っている」。
 今起きている宗教観の争いも、実はそんな単純なものなのかもしれません。

 インドの「バガヴァッド・ギータ」に、このような言葉が書かれていると、サティシュ・クマールが紹介しています。

「すべては、自分のものではない。それぞれが自らに属し、宇宙は宇宙に属している。
 自分は宇宙の一部に過ぎない。すべての苦しみや悩みは「執着心」から生まれます。」


 私の子供。
 私のお金。
 私の家。
 私の夫。私の家族。
 私のもの。

 所有という概念が「如何に争いを呼び起こすのか」が、端的に示されています。
 所有が、本当の平和を生み出すことはあり得ません。
 それに神は、「所有して欲しい」などと願うものでしょうか?
 愛する子にものを授け、「お前だけが特別に使いなさい」なんて言うでしょうか?
 その真実に気づけるまで、まだまだ人類は試行錯誤を続けなければならないとしたら──何とも愚かな話ですね。

 巡礼が産んだ──望ましくない結果。
 あまりにも哀しすぎる顛末です。

 サティシュ・クマールが、この章をこのような言葉で締めくくっています。

「第二のアイデンティティは切り捨てましょう。
 日本、アメリカ、イギリス、インド、中国などの国籍ではなく、
 『人間というアイデンティティ』を、大切にしましょう。」


 果たして私たちは、「人間としてのアイデンティティ」を大切にして生きて来れたのでしょうか?
 決して「そうではない」ということは、もう皆さんが歴史の中で学んで来たことだと思います。
 そして、今もそれはすでに進行中です。
 では、ここから先私たち人類の前に立ちはだかるものは何なのか──これは次回、ご紹介します。


DVD「地球巡礼者」絶賛発売中。(すでにお持ちの方は、これからの解説も踏まえて視聴して頂けましたら幸甚です。)


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17年間の研究成果すべてを聞けるラストチャンスです。

  

Posted by エハン at 07:15アースピルグリム

2010年03月06日

地球巡礼者─アースピルグリム─(1) 公案について

 こんにちは、YOU are EARTHの篠崎です。
 先日、これから「エハンさんの著作に関する解説をご紹介する」旨お知らせしましたが、第一回目のシリーズは「地球巡礼者─アースピルグリム─」をいくつかのカテゴリーに分けてご紹介します。

 私がこの作品を拝見した際、正直に受けた感想は「この作品の本当の意味や良さを、果たして日本人のどれだけ多くの人が理解出来るのだろうか」という疑問でした。
 それは決して、日本人を卑下してのことではありません。
 日本の国土の条件、民族性、歩んできた歴史、あらゆるものをトータルし踏まえた上での感想だったのです。

 巡礼者という言葉は、どうしたところで定住者の人に理解しがたい言葉です。
 映画作品に出てきた空海にしろ芭蕉にしろ、彼らは多くの土地を歩み、その中でさまざまな体験を経て研鑽を積み上げた人達です。そうした体験がなければ、すぐさま巡礼という言葉に馴染めない──そう考える人も多いのではないでしょうか?(勿論、ここで言われている巡礼というのは「定住云々」という表層的な意味ではないのですが、それは後日、違う記事で解説します。)

 日本は「島国」です。勿論イギリスだって島国ではありますが、バイキングという「海の移住者達」を背景にもった国と「最初から土着していた国の特性」とはやはりどうしたところで差があります。
 また、黄色人種の特色や白人の特色による「歴史的な差違」が日本の独特な風習を生み出した可能性もあるでしょう。
 日本は「島国」であり、かつ「江戸時代まで鎖国していた」という様々な要素、および第二次世界大戦を経て「アメリカの文化を人真似のごとく取り入れるしかなかった」という条件も踏まえた中で、どうしたところで「地球巡礼者」という映画の意味を理解しづらい民族性なのではないか──そのように私は感じたのです。

 また、エルサレムを中心とした宗教紛争に関しても、日本人は「他人事」のように思ってしまう人が多いかもしれません。
 それは、決して日本人が「冷たい」と言っているわけではありません。学校教育の中で「宗教や哲学、思想」というものをしっかり教えてこなかったことが原因の一端だと私は感じています。私は哲学科出身故、倫理や思想史を中心に学んできましたが、それだって「ごくごくさわりの部分だけ」です。世界史における倫理や思想史における割合は本当にごく僅かで、順当に学校教育を経た人であればイスラムの宗教史、キリストの宗教史を知っている方がごく僅かであっても「無理はない」──そのように思えるのです。
 日本の学校教育は「高い偏差値」を取る為だけにあって、本当のこころの教育をする為のものではなかった──そうした弊害が、様々な形で、今日本に押し寄せているのかもしれません。

 その為、この映画作品は日本人にとって「理解しがたいもの」になってしまう面も否定は出来ない──そう私は思いました。
 でも、本来この映画で語られているのは「遙かに深淵で壮大なテーマ」なのです。
 この作品の中には「今、日本人に必要な答えが『描かれている』」私はそう感じました。
 いえ、それは日本に限ったことではなく、世界中のすべての人に言えることなのかもしれません。
 私たちは既存システムにおける限界のすれすれに立たされているにも関わらず、それでもなお、「従来のやり方」でそれを無理矢理型にはめようとしています
 それでは「何も解決しないのだ」ということを、「地球巡礼者─アースピルグリム─」では語っています。

 私たちがこの追い詰められた状態の中で「何を、どうすればいいのか」──その答えは「公案にある」、この映画ではそう語られています。
 公案というのは「禅公案」のことです。
 馴染みのない方の為に簡単に説明しますと、日本における禅には道元の開いた「曹洞宗」と白隠の「臨済宗」(実際日本に持ち込んだのは栄西ですが、江戸時代に再度臨済禅を白陰が立て直してからの方が有名になった関係で白隠禅とも呼ばれています)の二者があります。
 禅公案を元に行うのは後者の「臨済宗」です。曹洞宗では「何も言わず、ただ座る(黙照禅)」ことを目的にし、対して臨済宗では「看話禅」といって、公案を掘り下げることを目的としています。
 もっとも、そんな呼び名は「どうでもいい」ことであって、曹洞宗にしろ臨済宗にしろ「目先だけの現実を超え、その向こう側に答えを求める」という姿勢は共通している──私はそのように感じています。
 要するに、「目先だけの損得、利潤、合理的な考え方では、『もう何も解決しないところまで来ているんだ』」ということを、私たちはまず何よりも自覚すべきなのではないでしょうか。

 社会が行き詰まっているのも、国が行き詰まっているのも、誰が悪いわけでもなく──「私達、個々人にだって責任があるのだ」と、私はそう思えるのです。
 なら「どうすればいいのか」?
 それは、「私たちひとりひとりが導き出すべきもの」であり、誰かに教わったりすがって導いてもらうものではないのでしょう。
それこそが「独立個人の本当の意味」であり、私たちが向かおうとする時代にとって最低必要条件なのかもしれません。

 余談ですが。
 「思考を突き詰めれば、やがて認識の壁にぶち当たってしまう。そして、その壁を越えられた時にこそ、私たちは自分達を束縛していた殻をつきやぶることが出来るのかも知れない」──多少言葉を変えていますが、人智学(アントロポゾフィー)で有名なルドルフ・シュタイナーも同じように言っています。
 彼が禅を体験していたかどうか定かではありませんが、「認識できる現象を超えたところにこそ、答えがある」ということを、同じように彼も知っていたのかもしれません。 
 
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Posted by エハン at 11:01アースピルグリム

2010年03月05日

Echan in UK!



エハン・デラヴィと
イギリス南西端コーンウォールの
リトリートをぜひご一緒に!


A retreat with Echan Deravy
Presented by Earth Pilgrims Inc.



ケルトのハートセンターといわれているコーンウォール

ゆっくりと真からくつろげる環境で、エハン・デラヴィと一緒にリトリート三昧しましょう!

リトリートの日程: 2010年4月10日(土)~15日(木)(5泊6日)



意識分野の研究家として学び、実際に経験してきた17年間にわたるリサーチの究極メッセージの数々をエハンが参加者のみなさんに直接明かす時期を設けました。また今日でも古代のケルティックエネルギーが満ちている海岸線に沿って散歩したり、周辺地域には世界的にも有名な進歩したエコロジーロケーションがあるので訪問したりします。美しいイギリスの田園風景が広がる環境で少しの間シフトフォーカスして、ぜひ一緒にくつろぎ、楽しんでください!

参加者の方々の宿泊場所は、☆☆☆☆のカントリーホテルでプライバシーを存分に味わうことができ、移動はありません。現在、加速的に世界のシフトは起きています。これからさらに挑戦的な時代を迎えるにあたりまず、スローダウンして私たち個々のより深い内なる世界にじっくりとチューニングする必要があることから急遽このリトリートを企画しました。参加人数は12名と制限がありますので先着順に受けつけさせていただきます。あしからず!

リトリート集合はロンドンで、解散もロンドンです。
空会社は各自選択。
ご必要な場合はアースピルグリムを通した旅行代理店に予約が可能です。
その場合のお問い合わせ: アカデミートラベル:rio.wajima@academytravel.jp


集合場所: ロンドン、ヒルトンホテルのロビーにて

London Hilton Park Lane
22 Park Lane
London W1K1BE, UnitedKingdom
020 7493 8000

集合時刻:     4月10日 11:00 am
参加費:      ¥ 195,000 (リトリート中の食事、ダブルルームの宿泊、移動交通費がすべて含まれています。注:日本ロンドン間の航空チケットは含まれていません。)

参加お申込み:  echan.jp@gmail.com 
       株式会社アース・ピルグリム
Tel: 079-563-6610
Fax: 079-563-6618

至急メールまたは電話でお名前、その他コンタクト詳細をお伝えください。航空券の予約が完了し次第、リトリート参加費を全額お振込み願います。先着順にお申し込み受け付けさせていただきますのでご了承ください。尚、お振込み期限は、3月末日とさせていただきます。



お振込先:   銀行名:りそな銀行
        支店名:渋谷
        口座名義:(株)マラナサジャパン
        口座番号:(普)2349003 

スケジュール


4/10 ロンドンヒルトンホテルにて集合後、ミニバスでリトリート地のホテルまで移動→チェックイン→リラクゼーションディナー→エハンよりリトリートについての説明

4/11 エハンによるモーニングセッションとメディテーション
午後:海岸散歩 歴史を含めたローカルエリアについてを地元のスピリチュアルガイドのアン・バージャーさんから説明してもらう。夜: 夕食 スパタイム(ホテルには屋内プール・スパなどレジャー施設が整っています。

4/12 <聖者の道>ウォーク(コーンウォールは古代の巡礼道が通っていて、ケルトの聖人たちがイギリスに船で到着しのちにヨーロッパにわたる前に必ず通過しました。神秘的なエネルギーを満喫して散歩をエンジョイしましょう!)ローカルパブにてランチ 夜:オプション:地元のマッサージセラピストからボディワークやアン・バージャーさんの個人セッションを受けたりすることが可能です。(コストは参加費に含まれていません。)

4/13 エデン・プロジェクトへの旅:
エコ・モデルとして世界的に注目されているコミュニティを見学。豊かな植物種に囲まれた環境でパワフルなエネルギーを満喫しましょう。

4/14 神秘の日
古代のストーンサークルにてセレモニーを行います。ケルトのスピリットにつながりましょう。夜:ディナーパーティ

4/15 朝:コーンウォール出発→ロンドンヒルトンホテル→解散(14:00pm)  

Posted by エハン at 13:57イベント情報

2010年03月02日

エハン・デラヴィ最期のトークイベント

初めまして。「YOU are EARTH」の篠崎と申します。
現在、エハンさんはきたる2012年に向けての研究における集大成に入っています。その為、ブログなど他の媒体における情報発信をいっさい控え、ネット配信番組「2012 Renaissance」に全力を注がれている次第です。
今後は今までエハンさんが積まれてきた研究内容、その他最新の情報など、私や、私以外にもエハンさんの身近にいらっしゃる有能な方々が記事にしていきますので、これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。

まず、今回は皆様にイベントのお知らせです。



きたる7月3日、東京晴海埠頭で「2012年に関するトークイベント」が行われます。
午前11時から16時半まで、17年かけたエハンさんの研究内容を聞ける「最期のチャンス」です。
今年に入ってから、エハンさんはほとんど執筆活動をされていません。質疑応答タイムなどもございますので、この日にみなさんが今まで抱えてきた疑問などを質問出来る最期のチャンスでもあります。
エハンさんのこうした企画は、今年は勿論、これからもこのイベントがラストとなります。この機会を皆さま、是非お見逃しなく。

7月3日に向けて、このブログでは「エハンさんの今までの研究内容」に基づいた記事を、テーマ別に連載していきます。
「沢山本があって、どれを読んだらいいかわからない」という方にもわかりやすいようまとめていきますので、そちらを参考にしながら、独自に解釈を進められていくことをお薦め致します。(鵜呑みは厳禁ですよ。これから訪れる新たな時代は「独立個人」ですから((笑)))

では、これからの新しい「Synchronicity」を、よろしくお願い致します。


YOU are EARTH 篠崎由羅  

Posted by エハン at 22:11

2010年02月13日

Thank you and goodbye

This is my last blog entry.

これが最後のエントリです。
2012年の準備として時間をもっと大切にします。

Time is precious.
No more Facebook. No more blogs. No more twittering.

The wave of transformation is coming fast. Get ready to surf it!

Thank you.  

Posted by エハン at 14:27コミュニケーション

2010年02月12日

Day and night



When we turn away from the Light
There appears darkness..  

Posted by エハン at 09:58今の地球

2010年02月10日

Great Island Australia

アースピルグリムの上映会を創造してくれた皆さんに大感謝!
特にゆりやさんにありがたく思います。

この大地は
半端じゃない。。

  

Posted by エハン at 09:15コミュニケーション

2010年02月05日

Kaguya Hime found something



お月さんって不思議なもんだね!日本の先端技術で撮った、あるはずのないものが写っている。塔のようなものに見えるが如何でしょうか?このビデオにもはっきりとその塔を拝見出来る。15年前にロスでホーグランド氏にもっと驚愕の写真が一杯見せられたことがあるので今回の映像は驚きでもなく再確認です。「誰かが月にいるか、いたか」の結論であろう。

  

Posted by エハン at 09:48サイエンス

2010年02月04日

War is totally stupid


Photo by Don McCullin

今日のBBCホームページに半端じゃない戦争写真家のスライドショーがあります。おすすめします。これです。  

Posted by エハン at 09:20コミュニケーション

2010年02月02日

Who are the real aliens?



今月のこの雑誌に僕とのインタービュが記載されいる。今は販売中で、この間は近くの書店にソニアはそれを発見した。内容は僕のコンタクト体験で、そしてTRVで透視した宇宙船の内部と、そこにいた生命体。。。  

Posted by エハン at 13:30コミュニケーション

2010年02月01日

Rice Art



ミステリーサークルではなく違った稲の色で出来た作品です。さすがですね。  

Posted by エハン at 11:34芸術と意識

2010年01月31日

The needle in the aurora?



Look carefully at this recent aurora image from Norway..see it?
最近の写真ですがあるはずのないものが映っている。。  

Posted by エハン at 13:48サイエンス

2010年01月30日

Thanks to Mrinalini



My thanks to the members of the Indian Women's Association and their Rachna Club
for hosting my film and talk at the Indian embassy in Tokyo yesterday.

I would especially like to thank the ambassador Mr. Hemant Singh and his gracious wife
Mrinalini Singh who organized the event held in the embassy auditorium. The video and
photography were done by Earth Pilgrim sponsor Takuya Okada. Many thanks also to
Earth Pilgrim sponsor Aiko Watanabe for her support in all this activity now happening with the amazing culture of India. I received this book Monumental India as a gift.



  

Posted by エハン at 12:10イベント情報

2010年01月28日

Pisac today



何度もこの橋を渡ったが現在の状況はこれです。大洪水中でこれから軍隊は45日間をかけて
この大切なピサックの入り口として使う鉄橋を復元します。僕のピサックにいる友人や親戚は全員無事だった!  

Posted by エハン at 10:30今の地球