2011年06月26日
Into the other world
この瞬間、人間の魂が生まれた場所、その“はじまり”のまた源に戻ろうとする、強烈な時間が訪れようとしていた。ガブリエルは、なぜだかわからないが、今晩は彼の乾ききった心に、わずかながらに残っているクリスチャンであることの証明が試されそうな気がしていた。
日本人たちは、まだ、礼儀正しく背筋をピンと立てて正座していた。
メアリーはブルーのショールを肩にかけてシャーマン、ドンの隣で瞑想するときの組み座で座っている。
ガブリエルは、プランタの入ったうす汚れたガラスのコップを口元に近づけた。そして、スペイン語で“乾杯!”と言おう、と皆に提案した。
「サルート!(乾杯)」
ガブリエルは、そのあまりに不味い味が口の中に入ってきた途端に、吐きそうになるのをグッとこらえた。彼は、人々がこれを口にした瞬間に、吐き出す様を今まで何度となく見てきた。
人間の身体というものは、「禁断の果実」には毒があり、そう簡単には喉を通すことができないことを知っているのだろう。
彼はなんとか無理やりその一杯を飲み込むと、空になったグラスに感謝を込めて頭上に掲げてみせ、それを天ノ山に手渡した。
ヤクザの幹部の一人でもあった彼は、こんな夜こそ、誰よりも人一倍、見栄を張って強がって見せたいタイプだ。彼はためらいもせずに、グラスを手にすると一気飲みをし、シャーマンの方を向くと敬意を表して、改めてグラスにハーブを注ぎ込み、同じヤクザ仲間である虹虎に手渡した。
虹虎は、それを荒々しく奪い取ると、特に儀式的なことはせずに、あっさりと一瞬で飲み干した。そして、あっけにとられている皆に向かって、さらにおかわりまでをも促した。
ガブリエルは、この豪快で逞しいヤクザが、同じ量のハーブ液をもう一度、一気に飲み干すのを、あっけにとられらながら見守っていた。最後に、すでに青白い顔をしていた昌美の番になった。
彼女はグラスから舌の上に液体を一滴垂らしたとたんに、激しい吐き気をもよおし、それ以上飲むことは不可能だった。
「彼女は、今日はやめておいた方がいいね。今晩は、男たちだけでやることにしよう」 ドンがその様子を見て言った。
男たちが恐る恐るマットに横になり、心の準備をはじめると、どこからともなく集まってきた夜光虫たちが、さらにブンブンと勢いを増しながら、あたりを激しく飛び交いはじめた。それはまるで、今からここで始まる、ハーブが引き起こすマジカルなショーを見物しようと集まってきているかのようだった。
昌美とメアリーは、3人の静かにしている男たちの隣で横になった。
ドンは自らもプランタを飲むと、しばらくそこに座ったままだったが、タバコに火をつけると、それが何かの合図のように、首を左右に振りはじめた。それはまるで、「さあ、いよいよ、奈落の底まで落ちていくぞ」とでも言っているかのようだ。