2007年07月02日

完了



一番札所「霊山寺」に戻って終了

これからは新しい始まりだ。
凄い巡礼だった。誠にすごかった。  

Posted by エハン at 11:18お遍路の日記

2007年06月30日

最後に向かって

アキさんとエハン
▲ 第86番札所、志度寺で再会したアキさん


このリポートは、第87番札所、長尾寺からのリポートだ。
今日は、最高の天気に恵まれて、いい風が吹いている。

前の札所で再会したアキさんに

「2人で歩くのではない、なぜならば最後の日だから、おしゃべりしながら歩むのではなく
しっかりと今までの全てを感じながら、最後のお祈りに力をいれていこう。」

と伝えた。

またここで再会したのは、せっかくのチャンスだから
アキさんにインタビューしたいと思っている。

なぜなら、僕と違って継続的に32日間、歩き続けたお遍路さんとして、
貴重なインタビューチャンスだと思うからだ。

では、隣に座っているので、1つだけ聞きたいと思う。

『32日間を歩き続けた中で、当然色々あったと思います。
しかし、自分にとって、1番学んだことは何でしょうか?』


『気持ちだけ強くもって生きたら、これから何があっても負けないと思います。』

まさしくその通りだと思います。

たとえば、昨日、ものすごい雨に降られて、僕は河童は使わないので
濡れながら歩いていると、なんとアキさんはカッパを持っているにもかかわらず、
僕の気持ちに同情してくれて、カッパを使わないで、むちゃくちゃ濡れながら
歩いたのに全く平気だった。

お互いに話したのは
『一般の人なら、こんな馬鹿なことしないだろう』といって
『だて風邪ひくもん』と考えるでしょう。

しかしそれは思い込みでしょう。
体温によって、すぐ乾燥するものでしょう。

だから簡単な話だけども、健康意識の増進法としては、お遍路は”最高の方法”ではないかと
つくづく感じる。

ここで、また別れて、1人1人の独立個人の道を歩き続ければ、
最後のお寺で再会するであろう。  

Posted by エハン at 09:56お遍路の日記

2007年06月29日

ご両親のために歩く男

宿風景
           典型的なお遍路の宿風景


昨日の午前中に30歳のバリバリ元気なお遍路をしている
アキさんに出会った。

彼は30日前にご両親の健康のためにこの道を歩み始めた。
お母さんは、ガンの手術を受けていま回復中で、
お父さんは、これから心臓の手術を受けると僕に説明した。

このまだ30歳の男性は、なんと自分の体でもって
自分を産んでくれた二人のために結構ハードな道を選んだ。
実に感動した。

「あなたのような若い人が増えればいいのに」
と、僕は彼に伝えた。

当分一緒に歩こうということになった。
山に入ったとたんに、大雨が降り始めた。

彼は、カッパを持っていたのだが
僕はそのまま濡れて行った。

すぐ乾燥すると思った。
そしてとてもあり難い涼しさだった。

次のお寺に到着すると
彼は、ちょっとしたコメントをこぼした。

「この辺になるとお遍路さんのお金はよく取られる」
と僕に伝えてから5分後に
「財布がない」と大声で言った。

その財布に必要なすべてのお金と身分証明書などが
いっぱい入っていた。

このときこそあの筋力テストをやらないと・・・

“パーワーかフォースか”に書いてあるとおりに、
彼の右腕に僕の左手で圧力をかけて、そして彼が三角筋の
力で抵抗する、というテストだ。

 「財布はこの周辺にある」
  で、見事に力が抜けたので、彼の腕は下に引っ張られた。

 「ここ国分寺とここの間にある」
  で、しっかり抵抗が出来た。

 彼の財布はいままで歩いてきたどこかに落ちたはずだ。

私たちの話を聞いていたもう一人のお遍路さんは、
「ベンチの上に財布を見たよ」
と言って、その場所を説明してくれた。

確かに私たちが一時休憩した場所だった。
アキさんはさっそく逆戻りをした。

しかし、あとで携帯で連絡をすると
「なかった」と言ってアキさんの気持ちはものすごく
ダウンしてしまった。当分歩く気はしなかった。

よくあることと思われるが、最後の辺りに気を抜くという
ことについて彼が先ほどの
「このへんになるとお金をよく獲られる」
に関係していた。

あともうチョットだと思うと不注意になって絶対普段
やらないことをやってしまうのだ。

12時間を歩いた。
上の写真の宿は「貸しきりだった」
ぶっ倒れてあとは寝るだけだ。

今回のストーリーはハッピーエンドだった。
アキさんは警察署に電話を入れて、確かに
誰かが彼の財布を届けてくれていていたのだ。

僕は、82番札所の管理人に
「落とし物は大抵返ってきますか」と聞いたら、

「お寺内だったらほとんど返ってくるけど、
 外で落とすと返ってくる確立は少ない」

つまりお寺の敷地内に罪を犯すとものすごい
大変なバチが当たると大抵思われる。
しかし、山の中に落とし物を見つけると誰もみてないし
お寺でもないし、だからこそ貰っていいじゃないかと・・・

昨日は、いろんなハプニングがあった中で
とくに僕にとっては2つのポイントがあった。

1、お遍路をしながら、ものすごく言葉に注意を払わないと
  共時性はすぐに起こってしまう。
  アキさんは、お金がなくなる話の直後に実際に自分のお金がなくなった。
  
2、ほとんどの日本人は、正直だ。

このリポートは第83番札所一宮寺からだった。
順調に行けば、明日午後に最終の88番札所に到着する予定だ。  

Posted by エハン at 10:06お遍路の日記

2007年06月28日

山上の説教

第79番札所 天皇寺
              第79番札所 天皇寺


昨日の11時から18時までほぼノンストップのコースだった。
34度くらいの強烈な暑さで歩き続けた。

結構、お寺が多かったので(70番から77番まで)逆に休憩が
とれない状態だった。

というのは、納経所へ行って手書きで筆と墨で書いて
くれることは時間がかかるからだ。

そしてすべての納経所は17時までだから、77番札所に17時までに
到着しなければ、次の朝7時までどかに泊まらなければならん。

昨日の最後の2、3時間、頭が痛くなったことは、
さすがの日射病だった。
基本的にあんな暑さに7時間継続的に歩く人は
もともと頭がおかしいはずだ。だから痛くなるのだ。

しかし不思議なことで、そんなに苦労せずに
昨日一日とても早いスピードで終わってしまったのだ。

おそらくお祈りのせいだと思う。
つまり一番からここまでの間に歩きながら一言の
お祈りをずうっと継続しているのだ。
本当に不思議な効果があるようだ。

毎回、勉強する本を持ってくることがお遍路においては
不可欠な条件だ。

今回の本は、「山上の説教」の解説本だ。
ご存知ない方が多いかもしれないが、
ある山の上に、2、3日に渡ってキリストが自分の
中心的な教えを分かり易く大勢の人に説教したのだ。

内容は当然とても深くて、ものすごくシンプルだ。
キリストは神学的なことを一切言わなかった。

しかし、どのようにしてスピリチュアルな生き方が
出来るかについてとても実用的でものすごく効果的な
「心の持ち方」について語った。

ルールを一切言わず、そして形化された方法論も
まったくない内容だ。

結局僕の捉え方に過ぎないが、今日一日完璧な
共時性の中にいられるように、自分の意識をどうもつかが
唯一の問題だ。

だからたとえば、一日中祈りながら物事を行った場合には、
どう自分の人生が変わるかが分かるはずだ。

僕は歩きながら、その実験をやっている最中だ。
これは、宗教や哲学ではなく、これはお遍路だ。  

Posted by エハン at 11:07お遍路の日記

2007年06月27日

お遍路Part 12:最終への新しい始まり



第70番札所:ここから出発

いよいよ最後のラウンドだ。88番で終わらない・・そこから
もう一度1番へ行くことになっている。
今度は4-5日の旅で終了して、そして一番で完結すると・・

人間は巡礼者で、地球も太陽も、銀河も皆、旅をしている。
短い一年だったように感じる。
しかし長いたびが続く・・  

Posted by エハン at 07:23お遍路の日記

2007年05月30日

カラスと蛇とカエル

雲辺寺
      ※最高霊場である雲辺寺(900メートル)


四国の最も高い札所は66番目の雲辺寺だ。

昨日、65番の札所を出るときに
左と右の道があった。

右を選択した。
これが正しい道だと思った。

実はそれは思い込みだった。
正しい道は左だった。

歩き出したらすぐに、普通はあまりみれない
歩いているカラスに出会った。

僕の前に、道のど真ん中にピョンピョンと
ウサギのようにジャンプしていた。

不思議なカラスだなぁと思った。

話かけた。
「飛べないのか?大丈夫か?」
と聞いた。

恥ずかしい話だろう。
でも、誰もいないから、カラスとの
対談をしてもいいんじゃないか。

実は、あのカラスは逃げようとしなかった。

話かけたからかな?

もっと接近しようと思ったら
半メーターくらいのところまでに接近した。

アイコンタクトが出来た。

そうしたらなぜ飛べないのかと思えば
羽はちょっと普通じゃなかった。

まるでハサミで後ろの羽が切られたかのように
もっと接近するとただゆっくりと前進するだけだった。



また歩き続けた。

そうすると15分後に道のど真ん中に
また、別の生命体が現れた。

蛇だった。
1mくらいの蛇だった。

この蛇も動こうとしない。

「あぁこの蛇、死んだかな」と思った。

ずっと接近すると、ゆっくりと動きだした。
しかし全然急ぐ気もしなかった。

「不思議な山だなぁ」と感じながら、
2があれば必ず3があると確信した。

しかし、その日の内に3番目の生命体は
出なかった。



カエル


今朝、雨の中に雲辺寺に向かって行っている最中、
突然天に向かってある疑問の答えを頼んだ。

誰もいないから、目に見えない世界、
大自然にも聞けばサインがでるかなと思った。

実は、このテクニックはとても便利だ。
共時性が起こることがあるのだ。

聞いた直後に、道のど真ん中に3番目の
生命体が、じっとしていた。
僕の歩きをまるでブロックしているかのように。

本当に驚いた。
何故かと言うと、そのカエルは、
まったくのフリーズ状態だった。

接近すると目が開いていたが
呼吸はしていないように思った。

この写真は、約8cmの距離から撮ったもので
瞬きひとつもなく、
「ひょっとしてこのカエル新高も」と思ったが、
それは非合理的だろう。

こんな姿勢をとる死んだカエルは
宇宙のどこに行ってもないだろう。

驚いたのは、僕の投げかけた疑問は、
実は、神学的な大変大きな僕にとってのひとつの
謎めいている問題だ。

天に聞くとこのようにして
死んだようなカエルが現れる。

しかし、死んではいなかった。
触ることが出来た。

そうするとゆっくりと動き出したのだ。

この共時性は、僕にとっては、一体何を
言わんとしているのか。

カエルも蛇もカラスも

どれもが逃げようとしなかった。
そして「3人」に対してコミュニケーションをした。

おそらくは、今大自然の生命体たちは、人間と
コミュニケーションしたがっているのではないかと思う。



仏像


何百人も不思議な仏像に出会った。
みんな一人一人大変個性豊かな表情をもって
多分それぞれは違った職業や考え方を示していると
思われる。

詳しいことが分かれば教えてください。


仏像と一緒に


今回のお遍路で歩き遍路はいないようだ。
いやそうではなく、ただ出会わなかったのだ。

ずっと一人で歩いているので、
この仏像と写真を撮ろうかなと思った。  

Posted by エハン at 13:33お遍路の日記

2007年05月29日

お遍路パート11

川の写真


昨日の午後から第62番札所を出て、暗くなるまで歩いた。

今朝6時に出発して、現在65番札所に向かっている最中だ。

今まで5~6本の川を渡ったが、どれも川がないんだ。
上の写真を見ていただくと全く水が流れていない。

この季節にこれが普通かどうか分からないのだが、
ちょっと気になった。


実は先月、ある50代のヨーロッパ人は、
とんでもない川のお遍路をやったのだ。

というと、世界一長い川のひとつであるアマゾン川の
ほとんど最初から最後までの数千キロを全部泳いだのだ。

驚くべきギネスブックに載る新記録だった。

やっぱり男は50からだ。

ということを思うと自分のやっていることは
全然どうってことないと考えさせられる。

その男は毎日、10時間ぐらいウェットスーツを着て
泳ぎ続けた。

どういう心境だろうか。

とてつもない目的意識が、その若くはない体を
ずっと維持したことだろう。

励まされたのだ。


休憩


休憩するということは、もちろん大切なことだ。

しかし、たとえば今日は40kmぐらいのコースになるから、
3~4回くらいの休憩しか許されない。

どういうことかというと、タイム・イズ・マネーの
世界ではなく時間は距離だ。

ヘタすれば休憩は少しでも長くなると、たどり着く時間は
夜になってしまう。

これから、香川県に入ることになる。
つまり四国の4番目の「国」に到着するのだ。

うまく行けば来月の第12回目のお遍路で終了することが
できると思われる。とにかく前進するのだ。  

Posted by エハン at 10:31お遍路の日記

2007年04月19日

60番は何と2012年を象徴する

  

Posted by エハン at 13:14お遍路の日記

2007年04月18日

自分の年齢の札所



第54番の札所「延命寺」

生き延びるようだ。4月16日の午前8:35分に雨の中で、自分の年齢と同じ数字
を持つお寺に着くと、その名は延命字だった!僕にとっての共時性だった
のは人生をずっと振り替えたからだ。つまりこういうことだ:お遍路のスタートから
この札所までは今までの人生を象徴する「道」で、そこからは想像の中で何をするかはテーマ
になる。

10代の中心イベントは3歳だったのは異次元体験のはじまりっとなった強烈な「光」に
遭遇したこと。そのときに経験したことは、40歳までの謎めいた体験としてずっと分からなかった。

後でわかったのは「催眠療法」を受けて、なんとあのときに身長2メータのカマキリ生命体
によって後頭部に注射をされた。変だと思われるはずであろう・・しかし40歳になると解明された。

16歳からは「旅人」になり、全世界を放浪するようになった。18歳のごろ、ヒマラヤの聖者とともに
旅をし、19歳にアフリカを一人で縦断した。何かによって動かされていたかのように・・

20代の中心イベントは妻のソニアに会う、そして親になり、日本で生活すること。

30代の中心イベントとして東洋医学を専攻してヒーラになることだったでしょう。その次
は海を渡って、カナダで会社を設立することだった

40代の中心イベントはどうも「空飛ぶ発光体」で、あの時からは今のミッションが始まった
カマキリ生命体の注射はシャマニック体験で、将来に40歳になってから解明されると言われた・・
異次元へシフトすることによって時間外の「空間」から情報を得られるようだ。そこで2012年の
意味について考える必要があると分かった。

50代の手前にカナダでの12年間を終えて日本に帰るインスピレーションを受けた。
今までの50代の中心イベントは執筆家になったことで2003年から(51歳)翻訳本も
含めて12冊を出した。その次の作品は今、執筆中だ。

そして54歳で延命寺にたどり着く・・
60歳の誕生日は2012年になる。
60番の札所までは結構ハードだった。明日は
その映像をお見せします・・・  

Posted by エハン at 11:52お遍路の日記

2007年04月15日

お遍路パート10



今月の初めに第五十三番札所の円明寺に杖を置いてきたからそちらに迎えます。
10ヶ月目のお遍路だ。あっと云う間に経ったたびで、それも人生と同じだ。
この旅の特徴を思い出すと:

完全に自分一人でやることが基本だが他の人に会うことも当然ある 「人生と同じ」
地図の読み間違えなんかの不注意のコストが高い 「人生の道と同じ」
歩きながら常に自分を励ましてやらないとつまらないたびになる「人生と同じ」
何時、何処で、何が起こるのかが分からない 「人生と同じ」
時によってやりたくなくてもやるしかない 「人生とまったく同じだ!」

我々みんなはお遍路さんってことじゃ・・
では参ります・・  

Posted by エハン at 09:23お遍路の日記

2007年03月30日

お遍路:パート9



9回目のお遍路は愛媛県の吉野川に沿っての130年前
の旅館からはじまった。27日の朝に雨が降り出した。



第45番札所は岩屋寺で、結構きつい山のコースを
大雨で午後4時ごろに到着。すると今までなかった
さすがに岩の中にお寺が出来た感じではしごの上に
上って山の中に入る。殆ど歩き遍路さんはいない・・



こんな美しい愛媛県に、本当に平和感溢れる場所に
何故こんな馬鹿げたことをするか?ブッシュ病に罹ったか
日本人よ!最近はもと米国のカーター政権時の国家安全保障担当
大統領補佐官のズビグネフ・ブレジンスキーすごい記事を書いた。

彼の記事にこう書いた:
英語でもっともバカな表現で、アメリカを笑いものにされた三つの
言葉は「War On Terror」で、「テロとの戦い」のお陰である場所に
入ろうとするブレジンスキー氏はもちろんセクュリティ・チェック
があったが、その次に「何故ここに来たかについて手紙を書いて提出
して下さい」と言われた時にさすがに頭に来たね。こんな
恐怖を巻き込む国家はもう終わりが始まったが、日本よ!
なぜこんなあほらしい標識にたいして黙るのでしょうか?

冗談じゃない。何が愛媛県にテロ???お遍路のせっかく
いい気持ちを邪魔するエネルギーは僕の心の未熟さを示して
くれた。しょうがない・・でもすくなくともアメリカの政治家
はちょっと目覚めたようだ。



その同日に右膝の痛みはかなりあったので
山の中でちょっとした「奇跡」が起こった。
ハッカ油を患部につけて、タバコの煙を
ふかして、お祈りをした。変な治療法だろう!
ペールのシャーマンにならったタバコ治療に
グノーシス主義の祈りに北海道のハッカ油。
立った瞬間に痛みはなかったことは事実だ。
不思議な森のパワーか??実は明日に東京の
僕の講演のテーマは「信念と細胞」に関係
する話だから準備のための出来事かも知れない。
つまり「言うのなら実際にテストしろ!」って
感じだね・・



なんとも言えない美しい国、愛媛!



いつものお遍路の標識と違うものは松山市内に
目に入る!平和の鳩の下に握手のサイン・・
一体誰が数箇所にこのお遍路さんのためにして
くれただろうか?ご存知の方がいれば教えて下さい。



52番の札所「太山寺」に休憩時にこの
像を見て「本当にこのマトリックスの世界
には我々は治せない病気に罹っている」と思った・
つまりコンピュータのウイルスのごとく
どんなに頑張っても感染状態が治らない。

それがブッダの気づきだっただろうね。
マトリックス外の「光」が必要だが宗教は
本当にそれを提供できるものかどうか・・
と思った時は最近は非常に増えている。
なぜかと云うと殆どの場合は人間は「マトリックス教」
の神々を拝むからだ・・旧約聖書の怒りにいかったオッチャン神
のように、嫉妬心のかたまりのあの神よ!本物であるまい!

でもブッダの像の前に拝むこともそうだと思う。それだけで助からないぞ!
しかしよ、100%信ずる心でやった場合は?ピンポン!それができるかどうか
は人間の勝負だね。

男の神々は一番危険だね。最終的に権力システムを作り
階級制度を確立して、そして宗教リーダとして振舞うのだ。
お寺でお金を落としてほっとしてもいいのだがそろそろ自分
自身の目覚めは如何なもんでしょうか?

政治=宗教=権力=階級=マトリックス=テロとの戦い
I AM THAT I AM THAT I AM
GOD=YOU!
我々は我々の待ちに待った人々である・・・
We are God’s adventure.

53番札所まで進行した。後は300キロ未満のたびだ・・  

Posted by エハン at 10:58お遍路の日記

2007年03月03日

移動するお寺に感謝



山の中で素晴らしく、清い川で「ご苦労様、足よ!」の瞬間

7時間の「鉄の馬」の飛行{それに近いスピードだった}を終えて今、
三田に戻った。自分の身体にものすごく感謝している最中だ。
ある意味でお寺を巡礼するだけではなく、お寺で移動してきた感覚
がある。つまり「The body is the temple of the soul」の如く、
体自体は「魂の神殿」ではないかと、つくづく思う。そして言霊かもしれないが
足の裏のことを英語で「sole」と言い、「soul」の発音と変わらない・・

最終日に様々なギフトを宇宙からもらったがその内容は言えない。
皆さんも是非ともある日にお遍路して下さい。
そうするとそのギフトの意味がご理解できることは間違えはない・・



これからちょっとゆっくりしょうと・・  

Posted by エハン at 17:58お遍路の日記

2007年03月02日

ちょっとしたことで喜ぶ

鷺の巣
サギの話の15分後、木の上に奇妙な泣き声を聞いて見上げると、
10数羽の鷺(サギ)の巣があった。これがこの写真だ。



昨日は、37kmの旅だった。
そして木曜日だったので1日中断食だった。
毎週木曜日から金曜日の朝にかけて完全断食にしている。

木曜日ですから、5行節では木の意味は肝経だ。

肝の働きの一つは、体の毒素を掃除することで 、
毎日毎日食べ物や飲み物からくる「毒」をうまく浄化するのだ。
お遍路自体が浄化だと思えば、昨日はダブル浄化だった。

大変喜ばしいことで、お日さんは一日中出てくれていて
夕方5時くらいになると満月に近い月も太陽も同じ空に見れて、
僕の後ろは太陽、前に月だった。

聖フランチェスコを思い出した。
ブラザー・サン、シスター・ムーンの発想だ。



今朝に不思議な光景があった。
リモート・ヴューイングの用語で説明する・・・

「上空」「生命体」「細長い幅が広い」「移動している」
「下部」「白い物質」「噴火した」

さて皆さん上の言葉でわかりましたか?
僕は何を見たか。


リモート・ヴューイングではそういう抽象的な言葉を使うことによって
具体的なイメージは湧かない。

そしてあまり連鎖的な想像も沸かない。
しかし僕の見た現象を正確にいま表現した。
分かりますか?

おそらく皆さんは見たことはないかもしれんが
鷺(サギ)という大きい鳥を見た。

とても美しい鳥なので、見れるときは必ずよく見るのだ。
そして、田んぼの上に跳んでいる最中にウンチしたのだ。

これは驚いた。驚いたのはその量だった。
とてつもない量だった。

鷺は自分がウンチをしたことを認識しているだろうか。これは謎だ。
しかし今度は、僕の上に飛んだらよほど注意をしないとヤバイ。


今日は累計で100kmめざす。
そうすると、今月の「ノルマ」達成だ。

そのあとでバスに乗って鉄の馬が駐車されたところに戻る。
明日は、また6時間の旅がある。

今、携帯でこのブログのレポートを送っている。
田んぼの中からだ。

お百姓さんは今来たところだ。
驚いただろうと思う。
地面の上に座っている日本外生命体がいたのだ。  

Posted by エハン at 10:22お遍路の日記

2007年03月01日

足を呼吸させること

影
今朝7時半の風景


昨日の17時半に無事に龍光寺に到着した。

2月の僕のカレンダーのテーマは、「光」だった。

そして僕は辰年ですので、2月の最後の日に龍の光のお寺に
到着したことは、僕にとっては注目すべき共時性だった。

とても貧しい民宿で、おじいちゃんとおばあちゃんがいた。
地元の人々は、かなり大変な生活をしていることは認識させられた。

おばあちゃんは体がけっこう大変で、
しかし僕の布団をひいてくれて、かなりの食事も作ってくれた。

21時までぐっすり寝た。そして今朝1番、出発した。


山

すぐに山に入る道となった。

今までの山道のなかで、一番急だった。
たぶん60度くらいの上り坂だった。

それに対して下り坂も厳しかった。

道に石がいっぱい転がっていたので、ものすごく注意を
払わないと捻挫を引き起こす可能性が高い。

今は、歩き遍路はほとんどいないので、
山の中で怪我をしたら、えらいこっちゃ。
だからこそ杖をうまく活用しながら下っていくのだ。

足の指に圧力をかけられるので、その後で足を呼吸させなければなない。


足を呼吸させること
明石寺に到着11時15分


第43番札所 明石寺

本当に春は訪れてきた感じだ。
どうやって分かるかというと、小鳥の鳴き声が変わったみたい。

特に山の中の小鳥は、思う存分に楽しく歌っている。
梅もいっぱい咲いているし、朝方は寒いが昼間はだいたい15度だ。

歩きながら祈り続ける。
これから、まだまだ道は長いが一歩一歩進むのだ。  

Posted by エハン at 12:08お遍路の日記

2007年02月28日

お遍路 パート8

影
朝7時ごろ、山の後ろから光線があたった瞬間


昨日、鉄の馬に乗って兵庫の三田から
今回の出発点である内海という愛媛県の港町に向かった。

なんと距離は440kmだから6時間以上バイクに乗りっぱなしだった。
雨もあったが大したことはなかった。

宿に泊まって、テレビでタイタニックの監督であるジェームス・キャメロンの
最新映画「イエスの墓」についてやっていた。

キャメロンいわく、エルサレムで発見されたお墓に
イエス.マリア.ヨセフの3人の名前が刻まれていたという。

つまり、このお墓はマグダレナのマリアとイエスキリストの骨が入っているお墓だと
キャメロン氏と彼の考古学者チームは主張している。

しかし、エルサレムの他の学者達は、
「名前としては2000年前にめずらしい名前ではないので、これはキリストの墓だと言えません」
という。

しかし、ダヴィンチコードの次のキリストの情報を公開する映画として
すごく注目されるだろう。


たまたま僕が夕べ、民宿で読んだ本は、マグダレナのマリアの福音書だった。
この文献は、10数ページしかないが、本物の福音書として認められている。

それは、マリアもイエスも人々に本当の人間のキリスト意識についての内容だ。
決してイエスやマリアは、神様扱いではなく、人々の良きお兄ちゃんお姉ちゃんと言う感じだ。

これは、グノシス教の教えだ。
しいて言えば、キリスト意識は、皆の心に眠っている。


山の中
今朝は山の中のお遍路だった。


今日の目的地は、第41番札所「龍光寺」で
出発点からは、約40kmだ。

幸いに天気が良くて、しかし風がとても強くて少しひんやりだ。

先ほど、歩きお遍路をする男に会った。
彼は、逆周りをしている。そして、野宿をやっている。

話を聞くと、彼は4回目だと言った。
つまり、1400km、88ヶ所のお遍路の4回目だと言うこと。

「いつまで続くんですか?」と聞いたら
「何かが見つかるまで続く」と答えた。

年齢は、僕くらいだと思う。
不思議な人はいっぱいいるのだ。  

Posted by エハン at 11:41お遍路の日記

2007年01月25日

 観自在







  

Posted by エハン at 09:23お遍路の日記

2007年01月24日

からだの古い記憶



昨日、40km以上を歩いて無事に39番札所
「延光寺」に着きました。

いいお天気だった。
10時から山に入り、上り坂で650mまで登って
誰もいなかった。

とても素晴らしい景色の中で、空気は冷たかったが
早く歩いたのであまり感じなかった。

18時ごろに宿に着き、食事を終え、部屋に行こうと
思った瞬間に体がひどく震えだした。

これは初めてではない。
とんでもない寒気がして震えが止まらない。

暖房の部屋に入っても布団に入っても
震え続けたのだ。

これはどういうことなんだろう。

実は、これは古い記憶で、アフリカを
縦断した時のある経験からの「記憶」。

19歳のときにエチオピアの高原にて突然倒れた。

白人の一人もいない村で
たまたまユネスコのクリニックがあったので
連れて行かれた。

「腸チフスです。」と先生に言われた。

その夜に、ある小屋の中で高熱をだして
ひどい震えが続いた。

あのときからはめったには起こらないが
あのときの記憶は体に戻ってくるときもある。

しかし、よく考えてみたら人間の細胞は
常に生まれ変わるにも関わらず、
記憶は消えないようだ。

今の僕の体は、何回も細胞のレベルで
完全に新しくなったが、たとえば
大変疲れたときとか、または他の状況が
あってその震えが戻ってくる。

汗をいっぱい出しながら震え続けるのだ。

1992年にアメリカでディーパック・チョプラ博士の
インタビューを行った。

その内容をAZという日本の雑誌に載せた。
博士は西洋医学の先生だが、アーユル・ヴェーダや
心身医学の豊富な知識を持っている。

彼に聞いた。

「すべての病気は記憶に関係があると思いますか?
 たとえば慢性病。

 体の細胞が生まれ変わるにも関わらず
 同じ慢性病は何十年間も続くのですね。

 だから、原因は、肉体ではなく意識だと思います。
 先生はどう思われますか。」

チョプラ博士はすぐに答えた。

「そのとおりです。
 すべての病気は記憶に基づいています。」


なるほど、納得した。
つまり重い病気をするときに、人間の意識に
そのショックはずっと波動として残る。

夕べの経験と19歳の経験は、時間の流れに関係なく
ずっと残るようだ。

しかし、浄化というプロセスがあり得ると思うから
ひょっとしたらお遍路をすることによって大昔の
「問題」が解決するかもしれない。

今日は、また長い1日になる見込みだ。
できればまた40km進みたいと意図している。

おかげさまで雨が止んだ。では。  

Posted by エハン at 09:18お遍路の日記

2007年01月23日

道に迷うこと



僕のカレンダーでは、今月のテーマは共時性だ。

つまり今月中に何が自分の周りに起こるかを
特に注意を払うこと。


昨日やっと4時ごろに出発点である第38番札所に
ついた。

そこから地図を見ながら歩き出したが
逆方向に2~3kmぐらいあるいてしまった。

Uターンして、7時15分まで歩き続けて
宿についた。

今朝いいお天気で、7時10分に出発した。
方向ははっきりしていると思い込んだ。

みなさんは歩き遍路のための地図を見たことは
ないと思うが、とても複雑だ。

本当に注意を払わないとえらいことになってしまうのだ。

今、そうなったところだ。
まったく逆戻りをしてしまったのだ。

実は今回歩き遍路をほとんど見ない。
が、今朝、2人を見かけて
「あぁこの方々は逆周りをしているんだ」

と思ったら、逆戻りをしているのは自分だ。
つまり、不注意のため2時間以上なくなった。

実は今日、40kmを歩かないといけないのに
なぜこんなバカなことをしてしまうのだろうか。

今日の共時性は、不注意に注意しろ!
ということだ。  

Posted by エハン at 09:47お遍路の日記

2007年01月22日

7ヶ月目のお遍路:足摺岬から



杖はここにある

先月に雨の中に四日間のお遍路の最後に到着したのは
足摺岬だった。そこで、38番札所「金剛福寺」で
2006年の巡礼を終了した。今日からは2007年の初遍路だからまずここから
(兵庫県)高知へ、高知から電車とバスの乗り換えを経て38番に戻って
杖をピックアップして(必ず僕の世界的に使ってきた杖を置いて来る理由がお分かりだろう
と思います)そこから出発する時間は多分午後3時かな?

どこまで歩けるかは未定だが四日間で最低100キロを目指す。
できれば41番の札所へ・・
携帯からリポートします!

先月は歩き遍路はほとんど見かけなかったたびだった。
今回もそんな感じかな?
出発です!  

Posted by エハン at 06:52お遍路の日記

2006年11月10日

旅館での体外離脱



The Nightmare, by Henry Fuseli (1781) 金縛りによる悪夢の原因は悪魔を象徴する

お遍路すると、布団に入る時間が早いのだ。その夜は8時ごろだった。
9時ごろに目が覚めて、突然に分かった。「またか!」つまり、金縛りの始まり
は今からだ・・と分かった。

3歳からは、僕は頻繁に金縛りと体外離脱を経験してきた。
とても恐ろしい経験が多くて、だから上の絵のイメージはぴったりだ。
とてつもない強いエネルギー体が接近して、金縛りによって全く動けなくなってくる。

体外離脱

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

「体外離脱(たいがいりだつ、体外離脱体験 英語 Out of Body Experience、
金縛りで略称OBEまたはOOBE)とは、睡眠・金縛り中や臨死体験時に人が
自分の肉体とは異なる意識の体が抜け出し活動するという感覚の経験のことである。」

僕の場合は先ず、ちゃんとした順番があることは注目すべきではないかと思う。
毎回、同じパターンだ。頭のテッペンから足のさきまでパルスのような波打つエネルギー
が上下に走るスピードは、どんどん速くなり、それと同時に頭の中に、電子的な音が
発生して、そしてその音が高くなっていく。高くなればなるほど、パルスのエネルギーが
強くなり、ピークになると、体外離脱をするがいつも大変な戦いの始まりにもなる。

というと、行きたくない気持ちが強い。嫌なエネルギーがあるからだ。動けない。
針によって固定された虫のごとく・・目も開けない状態だ。別の存在が感じる場合が多い。
今回こそしっかり戦おうと思った。何百回目かな・・3歳からですよ・・

布団の横にアイルランドのおばあさんのロザリオが置いてあったので、祈って、
戦おうと思った。矛盾に聞けるかもしれないが、人間は戦わなければならない時
もあるのだ。ゆだねるべき時もあるのだ。選択するのは自分だけだからその夜、
僕の選択はスピリチュアル戦いだった。

すると強いパワーのある相手を感じた。今の科学ではこれを全部脳内の出来事だという:

「ところが2002年9月19日、雑誌ネイチャーにスイスジュネーブ大学病院・ローザンヌ大学
病院での研究で神経科医師オルフ・ブランケによる脳右角状回を電気刺激することにより
体外離脱体験がおきたという論文が掲載され、脳の機能によるものという説も脚光をあびた」

でもねー先生!・・脳の機能によるものという表現にはちょっと問題がある。
つまり、その機能以外に何も認識できないことは事実だ。
宇宙をとらえるコンピューターは脳だから。コンピューターの画像に人や風景が映ってる・・
だからといって、それらのヒトや風景がコンピューターによって創造されたのか?
よく言うは!

まあまあ科学はそんなもんだ。すべてが唯物論だといいたいな。
しょうがない。

左目をようやく開けられた!横になった体をアグラ姿勢に変えて、ロザリオをとって、
キリストと精霊の名前をあげて自分を攻撃しにきたエネルギーをおい払おうと一生懸命
に努力した結果・・

僕の歯の一本がゆらゆらになって、口の中に落ちてきた!

部屋から出て、共同の洗面所まで歩いて、金属製の流し台にぽとんとその歯が落ちた。
その時に目覚めた!・・横になったまま・・ロザリオが置いてあったまま・・

なるほどな。肉体であぐらをかいて、ロザリオを持って祈ったのではなかった。
肉体の歯ではなかった。歩いたのがこの体ではない・・

ソニアによると、人間はすごく疲れた時に歯が抜ける夢を見るらしい。
確かに疲れたが2回にわたって「覚めた」だね。「睡眠中」の目覚めと「金縛り」から
の目覚めの2回プロセスは典型的だ。

僕だけではない。この現象をそう単純に説明が出来るものではない。
僕の直感では肉体疲労は関係するし、磁場も関係するし、しかしやってくる
エネルギーはリアルだぞ・・

異次元での旅をよくやったことがあるが、この金縛り現象はそれと根本的に違う。
だから上の絵が正直だ・・  

Posted by エハン at 10:32お遍路の日記