2011年06月24日
First novel
My first novel will be published next month. Here is a taste:
この世界で狂気だと思えることは、賢者にとっては神聖だったりする
「今晩は月が出ていない┅┅。いい日になりそうだ」
ペルー人のシャーマンであるドン・イグナチオはつぶやいた。
彼は皆に円陣を組んで座らせ、それぞれの自分たちの毛布とトイレット・ペーパーを用意させた。今から使用されるであろうマットレスは、すでにその場に敷かれていた。
グループの中で、メアリーだけはメンバーたちを見守る係であり、また、いざというときに皆の世話をするナース役になることにした。そこで、ジャングルで古来から宗教儀式に使われている、向精神性の作用を持つハーブ、アヤワスカを煎じて作る「プランタ」のドリンクを飲まないことになっていた。
この暗闇の中で、この瞬間に唯一、信頼できるものがある。
それはシャーマン、ドン・イグナチオの存在だ。

こんな人里離れたジャングルの中で、信じるものを手に入れるには、どれだけお金を出しても買えるものでもない。
ここでのドン・イグナチオの役割は明確だった。
彼は木の椅子に座り、大きなバナナの葉を振り回して集まった者たちに向かって風を送ることだ。
そのバナナの葉が揺れながら、シュッ、シュッと鳴り響く音は、同時にドンが歌うメロディの楽器の役割も果たしている。その歌は、彼が半世紀以上かけて得てきた霊的な学びの中で、ジャングルの精霊たちから教わったものであり、また、今、彼の元に集まっている勇敢な魂たちへの唯一の希望でもあった。
その場は薄暗く、今にも何かが起こりそうな雰囲気だ。
夜光虫たちが大音量であたりを飛び交い、夕暮れの冷たい風がペルーのジャングルから吹き込んで来る。
今ここで、確実に言えることは、これから10分以内に、まず、集まった者たち全員に地獄の体験が待っている、ということだ。そして、その後には、地獄を体験したご褒美を与えられるかのように、今までとは真反対の天国ともいえるような最高の場所に、シャーマンによって導かれるということだった。
ガブリエルは、マエストロであるドンのスペイン語の言葉を一言ずつ日本語に訳していった。
「中央の石に置かれたこの2つの十字架は、今まで数え切れないほどインナー・ジャーニーを体験してきたシャーマンのドンが飾ったもの。それは彼自身が、過去で最悪なほどの苦しいインナー・ジャーニーを体験した時からずっと、お守り代わりとしてここに飾っているとのことです。
今晩、私たちが使うのはブラックプランタというハーブ。このハーブを飲むということは、私たちが、自分たちの中に封印しているダークサイドに直面するということでもあるのです。この世界で見るダークサイドは、結局は、自分たちの中にあるものを映し出しているのです。
ドンいわく、彼にとっての今までの最悪のジャーニーは、自分の身体どころか、魂までもが危険な状態に陥るほどの苦しい体験だったのだけれど、今にして思えば、それは最高の旅だったのかもしれない、とのこと。なぜかというと、そのとき、ドンの元へ聖母マリアが現れたから。
マリア様は、瀕死の状態にあるドンを救ってくれたから。実は、聖母マリアこそが、彼がそれまで会いたいと願い続けてきた唯一の存在であり、この世界における最後の女神だったのですね。以来彼は、いつもこの2つの十字架を、ひとつはマリア様のため、そしてもうひとつは彼女の息子、イエス・キリストのために、ここの祭壇に置いているとのことです」
通訳をしながらも、ガブリエルは、次第に胃にむかつきを感じていた。
天ノ山は、ガブリエルの通訳を聞きながら祭壇に掲げられた十字架を拝んでいる。
昌美の顔色は、だんだんと青白くなってきている。
虹虎は、プランタの液を飲み干す前に、タバコで最後の一服にゆっくりと時間をかけている。
ここジャングルでは、タバコは聖なる植物として扱われているが、ドンは、まさにそのパワーをここで皆に証明しようとしていた。
彼は茶褐色の液体が注がれている古いインカコーラのボトルをつかむと口元の近くに持っていき、タバコを吸いながら、何度か大きな煙をその瓶の口元に吹きかけた。こうすることで、悪霊を払うことができるのだ。
「どんな儀式も、ここではタバコがないと、はじまらないんだよ」
虹虎は、ガブリエルから最近の文明社会では年々、市民権を失いつつあるタバコが、ここでは重要な意味を持つと聞かされた時、なんだか少しうれしそうだった。
「ほう、なんと!やっとアウェーからホームに戻ってこれたというわけだ。タバコを吸うことは、こんなにも意味がある素晴らしいことなんだってね!」
ドンがガブリエルに最初の一杯を注いだとき、悪魔の笑い声のような、けたたましく甲高い金切り声が彼らの上に響いた。
それは野生の大きな野鼠の声だった。その身震いするような鳴き声は、これから全員がプランタによって導かれる見えない世界へ足を踏み入れることを宣言するものだった。
それは、想像をも絶する恐怖に満ちていて、その時々に計算されたようなタイミングで起こるシンクロニシティによってのみ扉が開かれる世界だ。その声は、あたかも、「神は、あわれな汝たちを助けるだろう!」とでもいわんばかりだった。
ガブリエルは、自らも胸に十字架を切らずにはいられなかった。
彼のラテン語が、あたりに響き渡った。
「In Nomie Patri et Filis et Spiritus Sanctii (父と子と精霊の御名において)」
プロローグ
この世界で狂気だと思えることは、賢者にとっては神聖だったりする
「今晩は月が出ていない┅┅。いい日になりそうだ」
ペルー人のシャーマンであるドン・イグナチオはつぶやいた。
彼は皆に円陣を組んで座らせ、それぞれの自分たちの毛布とトイレット・ペーパーを用意させた。今から使用されるであろうマットレスは、すでにその場に敷かれていた。
グループの中で、メアリーだけはメンバーたちを見守る係であり、また、いざというときに皆の世話をするナース役になることにした。そこで、ジャングルで古来から宗教儀式に使われている、向精神性の作用を持つハーブ、アヤワスカを煎じて作る「プランタ」のドリンクを飲まないことになっていた。
この暗闇の中で、この瞬間に唯一、信頼できるものがある。
それはシャーマン、ドン・イグナチオの存在だ。

こんな人里離れたジャングルの中で、信じるものを手に入れるには、どれだけお金を出しても買えるものでもない。
ここでのドン・イグナチオの役割は明確だった。
彼は木の椅子に座り、大きなバナナの葉を振り回して集まった者たちに向かって風を送ることだ。
そのバナナの葉が揺れながら、シュッ、シュッと鳴り響く音は、同時にドンが歌うメロディの楽器の役割も果たしている。その歌は、彼が半世紀以上かけて得てきた霊的な学びの中で、ジャングルの精霊たちから教わったものであり、また、今、彼の元に集まっている勇敢な魂たちへの唯一の希望でもあった。
その場は薄暗く、今にも何かが起こりそうな雰囲気だ。
夜光虫たちが大音量であたりを飛び交い、夕暮れの冷たい風がペルーのジャングルから吹き込んで来る。
今ここで、確実に言えることは、これから10分以内に、まず、集まった者たち全員に地獄の体験が待っている、ということだ。そして、その後には、地獄を体験したご褒美を与えられるかのように、今までとは真反対の天国ともいえるような最高の場所に、シャーマンによって導かれるということだった。
ガブリエルは、マエストロであるドンのスペイン語の言葉を一言ずつ日本語に訳していった。
「中央の石に置かれたこの2つの十字架は、今まで数え切れないほどインナー・ジャーニーを体験してきたシャーマンのドンが飾ったもの。それは彼自身が、過去で最悪なほどの苦しいインナー・ジャーニーを体験した時からずっと、お守り代わりとしてここに飾っているとのことです。
今晩、私たちが使うのはブラックプランタというハーブ。このハーブを飲むということは、私たちが、自分たちの中に封印しているダークサイドに直面するということでもあるのです。この世界で見るダークサイドは、結局は、自分たちの中にあるものを映し出しているのです。
ドンいわく、彼にとっての今までの最悪のジャーニーは、自分の身体どころか、魂までもが危険な状態に陥るほどの苦しい体験だったのだけれど、今にして思えば、それは最高の旅だったのかもしれない、とのこと。なぜかというと、そのとき、ドンの元へ聖母マリアが現れたから。
マリア様は、瀕死の状態にあるドンを救ってくれたから。実は、聖母マリアこそが、彼がそれまで会いたいと願い続けてきた唯一の存在であり、この世界における最後の女神だったのですね。以来彼は、いつもこの2つの十字架を、ひとつはマリア様のため、そしてもうひとつは彼女の息子、イエス・キリストのために、ここの祭壇に置いているとのことです」
通訳をしながらも、ガブリエルは、次第に胃にむかつきを感じていた。
天ノ山は、ガブリエルの通訳を聞きながら祭壇に掲げられた十字架を拝んでいる。
昌美の顔色は、だんだんと青白くなってきている。
虹虎は、プランタの液を飲み干す前に、タバコで最後の一服にゆっくりと時間をかけている。
ここジャングルでは、タバコは聖なる植物として扱われているが、ドンは、まさにそのパワーをここで皆に証明しようとしていた。
彼は茶褐色の液体が注がれている古いインカコーラのボトルをつかむと口元の近くに持っていき、タバコを吸いながら、何度か大きな煙をその瓶の口元に吹きかけた。こうすることで、悪霊を払うことができるのだ。
「どんな儀式も、ここではタバコがないと、はじまらないんだよ」
虹虎は、ガブリエルから最近の文明社会では年々、市民権を失いつつあるタバコが、ここでは重要な意味を持つと聞かされた時、なんだか少しうれしそうだった。
「ほう、なんと!やっとアウェーからホームに戻ってこれたというわけだ。タバコを吸うことは、こんなにも意味がある素晴らしいことなんだってね!」
ドンがガブリエルに最初の一杯を注いだとき、悪魔の笑い声のような、けたたましく甲高い金切り声が彼らの上に響いた。
それは野生の大きな野鼠の声だった。その身震いするような鳴き声は、これから全員がプランタによって導かれる見えない世界へ足を踏み入れることを宣言するものだった。
それは、想像をも絶する恐怖に満ちていて、その時々に計算されたようなタイミングで起こるシンクロニシティによってのみ扉が開かれる世界だ。その声は、あたかも、「神は、あわれな汝たちを助けるだろう!」とでもいわんばかりだった。
ガブリエルは、自らも胸に十字架を切らずにはいられなかった。
彼のラテン語が、あたりに響き渡った。
「In Nomie Patri et Filis et Spiritus Sanctii (父と子と精霊の御名において)」
Posted by エハン at 02:49
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