2007年05月26日

独立個人の意味と「アンマ」



神戸で昨夜にこの女性にハッグされた「アンマ

「独立個人」は確かに分かりにくい側面があるので改めてちょっと
書きます。「自分の本来の姿に目覚めた人」、「自分がキリスト」
「神に従うー人間に従わない」、「宇宙の意志に委ねる」 「自分の考え
を持つといいながら「自分って何」を疑う人」 「国家に所属しない意識」
「全ての人生の物事は自分の反映で、自分の責任だと認知する人」
「人に導かれることを依頼しない人」「人生は究極のスピリチュアル冒険だ」と思う
ひとなどなど、言葉が重なっても分からないと思われる方が多いだろう、と思うから
実例を挙げた方が早い!その実例にハッグされた。この女性。このキリスト。
この人間の格好をする神。この独立個人。自らが神であることに目覚めたアンマ。


貧しいこどもだった。
特別な教育もなかった。
先生もいなかった。
親に理解されなかった。逆に反対された。

生まれは別に聖地でもなかった、インドの田舎環境。
(イスラエルでの馬鹿げた聖地争いはいかに宗教のナンセンスを思い出さす。。)

宗教に全然はまる必要は無い自由人
強烈な本当のパワーに接続している (彼女が部屋に入る瞬間、僕の目に涙・・)

毎日、人のために人道的な活動を延々にして、世界に膨大な貢献をする
(何百億ドルの援助金を魅了するほど、政治家の恥ではないかと思うぐらい凄い金額)

幸せそのもの、非暴力そのもの
勇気そのもの (何回も命が狙われたが彼女のパワーに相手が参りました)
恐怖のまったく無い生命体である。

これらが独立個人の本当の意味で、これらを目指すなら彼女の人生を考慮すればよい。
病院をつくるは、大学も設立するし、貧しい、病気、絶望、苦しい、これらは
彼女の毎日の相手・・

信仰システムを作らない
一言の教え


それだけだ
だから「女性キリスト」と僕なりに呼んでもおかしくないのだ。

昨日に大変な幸運だった
本物の独立個人に出会った
彼女は人類の未来像
彼女はあの喋喋だ・・・

ビバーアンマ!  


Posted by エハン at 10:32コミュニケーション