2007年09月25日

自伝:第1章 

第1章 クレージーな大冒険野郎の誕生



Art by Maasa

初めての旅は自分が生まれた国、スコットランドの中だった。
本が好きで真面目だったけど、僕はまだほんの少年だった。ある日、ヒッチハイクで
旅することを決意した。バッグかついで、行く先も決めず、計画も立てなかった。
お金も持たなかった。自分の力でどこまで冒険できるか、何が自分の人生に起きるのか、
それを試してみたかった。

そしたらこれが面白い。毎日どこまで行くか、誰に会うか、何をするか、誰にも決められ
ないし、何が起きるか分からない。こんな楽しいことってあるか!と思った。
あるスコットランド人の車に乗せてもらったときのことだ。僕は、わざとアメリカンアクセント
で喋ってみた。見知らぬ人とのコミュニケーションがどう変化するか、ちょっとした実験
というわけだった。

その親切なドライバーは、完全に僕をアメリカ人だと思い込んで、いろんな話を腹を割って
話してくれた。僕もアメリカ人としてその話を聞いた。そうすると、普通のスコットランド人同士
では出てこないような話が出てくる。つまり、自然に新鮮でクリエイティブな物語が二人の間
に生まれてくるんだ。

一種のゲームみたいなものだけれど、僕には大きな発見だった。だって、アクセントをちょっと
変えただけだよ。それだけで、とても楽しい時間を過ごすことができた。
この発見を今でも忘れない。原点にある最初の旅、最初の学びということだね。

一週間後、旅から帰って僕は心に決めた。この旅というものを、ライフスタイルとしてやってみ
ようと。それからすべてが始まった。

そのころ僕は保守的で厳しい学校に通っていた。超真面目な生徒だった、
アバディーン・グラマー・スクール」。



この学校は詩人のバイロン卿とか、幕末の英国商人グラバーも学んだ歴史を持つ名門校だ。
創立されたのは15世紀。みなさん大丈夫ですか、15世紀ですよ、想像できるか、この旧さ。
もちろん男子校。お城みたいな建物だった。スコットランドでは12歳から中学生になる。

僕は入学試験にパスしてこの学校に入学したのだった。
その頃から身体の仕組みに興味があった僕は、外科医になりたいと思っていた。
医学というよりも、解剖学や病理学に興味があった。初歩の医学書を独りで読みあさり、
内臓模型のスケッチをし、骨格や筋肉の名前を覚えようとした。

いま思えばちょっとオタク的だったかもしれない。先生は驚いていたね、きわめて特殊な
マッスルの名前を13歳の少年が口にするんだからね。

けれども、16歳から僕は180度変わった。完璧に〝ヒュッ〟とね。学校の権威的な教育に
完全に反発して、不真面目な生徒になった。少なくとも学校からはかなり注目された。
決められたルールなんか従わない。制服も着ない。髪の毛も伸ばした。



Henry Miller

当時、僕はヘンリー・ミラーやドストエフスキー、あるいは哲学的な本を読むよう
になっていた。そのおかげで、目が覚めたというわけだ。覚醒ということだ。社会システムに対する
疑問が噴出した。

学校も教会も、すべて嘘、幻想。みんな本当のことを教えられていないと思った。
姉が図書館で働いていたために、本好きだった僕は5歳くらいから濫読していたらしい。

とくにヘンリー・ミラーに憧れた。1930年代のパリや、彼が体験したようなアーティストたちと
の生活に。だから僕は、学校に行っても〝こんなつまらんオジサンたちの話を聞くよりも、
旅に出たほうが絶対百倍面白い!〟と思っていた。これこそ真実ということですよ。

僕も絶対パリに行くんだと思っていた。もちろん、やるならヒッチハイクしかない。
それがライフスタイルでしょ。それしかないよ、ここまで確信してたら。

僕は春休みを利用して家を出た。17歳の初めての外国旅行。苦労して辿り着いたセーヌ河岸は、
まだ春浅く、夕暮れには寒さが肌を刺した。

Thanks to M. for being my ghost writer!  


Posted by エハン at 12:06Autobiography