2007年09月29日

パイティティ

昨日のテレビ番組では僕の興味がある話が終に映像化された。12年前の書いた記事
は以下にあります:




謎の都パイティティ

「神話シリーズは前回の「ヴィジョン・ヴァイン」で始まり、今回が第二話となります。
神話というのは、その真髄には全てと言っていいくらい基本的な真実が存在しています。
そしてそのエレメントは、私たちの細胞レベルの記憶を蘇らせてくれると私は信じています。

英語で神話は“Myth”といい、神話とは実際にない, 想像の世界という意味の印象を持ちや
すいですが、漢字で「神話」と書くと、ズバリ「神の話」なのですね。私たちの純粋たる集合意識
である「コンシャスネス」とは、神のマインドそのものであって、概念で造り上げた制限さえ溶か
せてしまえば、私たちのリアリティーは、現在自分が多分に制限しながら信じ込んでいる次元
の現在進行と同時に多次元的に平行に存在しているのです。

その簡単な具体例は、催眠術という環境を与えられるだけで、人間は意図も簡単に全く今と違う
時代に、今と同時に進行させることもできるのです。ですから神話にしても同然で、古代の魂の
秘密を細胞のレベルで思い出させてくれるはずです。

子供は神話に対して強く反応します。その時に反応したものは、ある種のインプリントを体内に
作りだし、後にその人の人生に強く影響していくのですが、私たちは子供時代は、予防注射を含め
て純粋な受信機を乱してしまう情報のインプリントが次第に勝っていくようなプログラミングになっ
ているので、再び我々で神話を共に蘇らせる、そして全ての断片になって散らばっている鏡を一
つにしていく必要があり、そうすることによって、この変容の時代をよりよい方向に形取っていける
と私は信じています。今回ここに紹介するパィティティの伝説から、何かピンと思い出すきっかけ
を読み取っていただければと願っております。

パイティティというと、聞いたことがある人は、ゴールドラッシュのハンターたちによって作られ
た伝説上の架空の都市と思ってしまいやすいですが、しかし実際に「謎の都市、パイティティ」を
探し求めてアマゾンのジャングルに命をかけて入って行った探検家たちは少ないのも事実なの
です。パイティティとは、一般の人が信じているようなただの空想の産物なのでしょうか? 
それとも地球上に本当に実際に存在する「異次元への扉」なのでしょうか。

そしてその「異次元への扉」へは、その扉の向こうの高次元のエネルギーを受け入れらる者だけ
が探しあてることができる実際に存在するポータルなのかも知れません。
現在、そのようなポータルが、地球のあちこちで、人類の記憶の蘇りと共に口をあけて、
私たちが通過するのを、あたかも待ちかねているようになってきました。
そして今回お届けするパイティティの情報を信じるか、信じないかは、まずはこの神話を
お読みになってから決めてください。

 
パイティティの伝説

ペルーアンデスの高い山中に修道院があるとずっと信じられてきた。美しくて肥沃な谷間は、
昔から気候も人間と自然調和している最適な場所に位置している。地上の楽園、まさにシャングリ・
ラーなのである。今世紀の初頭に白色同胞団の一グループである
“The Order of the Red Hand”の者たちによって長年の探検の結果、発見されたのである。

発見された場所には修道院があって、その図書室には古代のさまざまな文明について書いて
ある記録文献が見つかった。エジプト、バビロニア、チベット、アトランティス、そしてレムリアに
ついての記録が発見された。この記録は、陰の力の陰謀によって我々が与え続けられてきた
「偽りの歴史」ではなく、本当の地球の歴史が記されていた。そしてこの貴重な記録は、
修道士たちによって厳重に保管され続けてきたのである。

これから語ることは、ずっと古の時代に本当に起きたことだとそこの修道士たちが告げるもの
である。 南アメリカ大陸の歴史とは、、東岸がアトランティスの支配下にあって、西岸が
レムリア人たちによって支配されていただけではない。

それを裏付ける証拠は、今のボリビアのティティカカ湖にあたる場所にティアワナコと呼ばれる
古代都市が存在してたいたからである。現在、調査によると、約1万四千年も前に既に存在し
ていたと解っている。その証拠として、当時建設された巨大石の寺院跡が今も少し残っている。
これが第三番目の文明が存在していたことを明かしている。それを更に遡っていくと、
その文明の中心は、アマゾンのジャングルの心臓部にさしかかったのである。

古の文明は、地変による洪水で海の底に時代と共に沈んで行ったのだが、しかし
パイティティは沈まずに、時代と共にすっぽりとジャングルの茂みの中に永遠に姿を隠して
しまっただけだったのである。パイティティは、アトランティス文明やレムリア文明より更に
進んでいる文明が栄えていたと言われる。パイティティの建造物はほかの二つの文明のより
ずっと更に美しく、人々も地球上で最も美しい住民たちだったともいわれている。
あらゆる面であとの二つの文明の模範となっていたのであった。

“The Order of the Red Hand”の者たちが、勿論発見された文献の情報をもとに、失われ
た文明都市を発見するために探検隊を既に送っている。彼らが確信しているのは、パイティティ
の発見によって、人類はニューエイジの誕生の為に必要な科学的な知識を与えられることに
なるという情報である。更には、海の底に二つの謎の文明が沈む前に、科学者や僧侶たちに
よってあらゆる数限りない宝がパイティティに運び込まれたという。パイティティと全く同じ
シナリオが、エジプトでも学者たちによって発表される日がもうすぐ来る。スフィンクスの下から、
人類を眠りから目覚めさせる為に、パイティティと全く一致する記録文献が発見されるであろう。


地図上でパイティティは一体何処にある?

1957年7月、探検隊はアンデス山中の修道院から、クスコの東に広がる壮大な自然林の中に
あるリオ・アルト・マドレ・デ・ディオスという所に送られた。

その旅は実に大変な旅となった。吸血コウモリ、ジャガー、バク、毒ヘビ、巨大アリなどの土地の
住民たちとまず顔合わせしなければ始まらない旅だったからだ。しかし探検隊は、源流のリオ・
シンキベニアまで遂に押進んでいくことができた。強く危険な濁流が横切り、200キロにも及ぶ
ジャングルと沼地帯の中を歩まなければならなかった。

もちろん、なたを手にして深く茂っている足元をかき分けながら前進していったのである。
このあたりの原住民たち共通の伝説といえば、失われた偉大な石の都市についての不思議な話
であった。

ペルーアマゾンの入り口の町、プエルト・マルドナドの名前の元であるワン・アルヴェルツ・
マルドナドも、16世紀にパイティティへ探検隊を組んで出発していたと確認された。
それによるとその扉は表面が、「パイティティへの入り口である」という意味を示す象形文字で
覆われている巨大な崖ぷちが存在しているというのである。

1957年7月10日、修道院から派遣された探検隊は、この入り口を探し当てたのである。
彫られている象形文字は、アトランティスやレムリア時代の地球最古の言語で巻もののような
形式で示されている。象形文字は、崖の表面、幅30メートル、高さ28メートルあるという。
多くのグリフは、マヤとアステカのものに深く関連しているらしい。像も多く彫られている。

その彫像の中の一つに、大きな兜をかぶった人像が、西を示しているのがある。
それがどうやら今となっては、ジャングルに埋まっているパイティティを示す位置らしい。

この地域に住むマチュゲンガ族の伝説には、アトランティスとレムリアの崩壊の最終段階と
なった災害についての詳しい情報がある。また彼らは「空の人たち」とヴィラコチャと呼ばれる
パイティティを治めていた白髭の人物についても伝説の中で多く語っている。失われた
パイティティの都の塔はインカたちも探しあてることはできなかったし、また金を発掘するの
に集まってきたスペインの征服者たちも探し当てることはできなかったと彼らはいう。

パイティティの伝説には、永遠に尽きることなく強烈な白光を放つクリスタルについてもまた
語っているものがある。その光とは、この地域で目撃されるUFOの後側から輝く白い光と
同じだともある研究家は言っている。原住民らは、昔神世の時代にここパイティティで、
「空の人たち」とヴィラコチャが互いに話し合った場所だと今日でも信じている。さて、
地球も大きな変容の時代を迎えた今、再びパイティティが復活して、そこで我々と「神々」
と語り合う日が再び地上に訪れるかも知れない。」

12年前の僕のくどい文章だったが昨日の番組を見たときに驚いたのは地元のシャーマン
のアヤワスカ儀式が撮影されることだった。多次元の時代がようやく来たかなと感じた・・  


Posted by エハン at 08:38コミュニケーション