2007年10月14日

Kathmandu



The Hog Farm

高地カトマンズに着いても、泊まる場所がない。どこで眠るかということを、僕はいつも大切に
考えていた。翌朝を迎えられずに死んでも後悔しないところ。繰り返すけれど、毎日が未定で
何が起きてもおかしくないでしょ、人生は。

考えた末、僕は穿いていたジーンズを売ることを選択した。よく売れたものだと思うけれど、その
金で一泊分の宿代ができた。もうパンツ一丁だった。ここまでくると、人間どんどんシンプルに
なる。寝るならばこれで十分でしょ。これも冒険、笑ってしまうよホントに。僕は、涼しいカトマンズ
の夜の底で、充足感に満ちていた。

翌朝になっても下痢は治らなかった。金は尽きた。独りだったけれど、寂しいなんて思わなかった。
感傷にひたっている暇はなかった。現実に今夜泊まる場所を探さなければならない。町に出ると
意外な噂が耳に入ってきた。

「大きなヒッピーグループが来ているらしい」
「何という団体?」
「ホォグ・ファームだよ、知ってるか?」

なんてことだ! 僕は快哉を叫んだ。ホォグファームは、世界一有名なヒッピーグループだった。
当時古ぼけたヒッピーバスで世界中を巡り、貧しい人々や子供たちを助ける活動をしていた。
『ウッドストック』という映画のなかで、「50万人のブレックファーストしようぜ!」と叫んでいる人
たちだ。



天の助けだと思った。彼らはバスで移動しているからお金もあるし、食事もシェアしてくれる。
赤痢地獄から僕が生還したのも、彼らのおかげだった。みんな自由で大きな心を持った人
たちだった。

それからの日々は、刺激にあふれていた。日当20ルピーで映画のエキストラやったりした。
インドの有名な監督から、「あるがままのヒッピーを撮りたいから何をしてもいい」と言われたのだ。
僕らは市内の中心にあるお寺に入り込んで、ドラミングをすることにした。

始めてまもなく、寺の広場に群衆が集まってきた。いぶかしげにドラミングを眺めている。
どんどん人の数が増えてくる。地元の人ばかりだ。「これはいいぞ、もっといける」僕はさらに
ドラムを叩き続けた。

みんながエキサイトしはじめた。どうも様子がおかしい。こちらを睨みつけている。警察も駆け
つけてきた。彼らは真剣に怒っている。
「やばい……やっちゃいけないことだったのかも……」

気づいたときには遅かった。群集は完全に殺気だっていた。自分たちの聖地で何をやっている
のか、追い払え、出て行けと叫んでいる。警官たちが警棒を振り回しもみ合っている。
まずい、本気だ。どうする? 逃げる? でもどうやって?! 興奮する人々の前で、僕らはもう完全
にフリーズしていた……。

あとはよく覚えていない。殺される寸前だったかもしれない。死んでいてもおかしくなかった。
当然だ。僕たちはただの18歳のヨーロッパ人に過ぎなかった。仏教についても、ほとんど知ら
なかった。同じような西洋人のヒッピーたちと暮らして、いい気になっていただけだったのだ。

それでもカトマンズは天国みたいな場所だった。なにしろ、政府関係の店でマリファナが買える
んだからね。まったく合法的にだ。警察官たちものんびり歩いていた。歴史も旧く、綺麗な寺も
いっぱいある。

きわめて貧しい町であることは間違いない。道路は糞だらけだし、どこも汚い。もちろん病気も
流行っている。けれども、僕にはその自由さがたまらなかった。世界一有名なヒッピー、エイト・
フィンガーズ・エディにも会った。指が2本欠けていたから、そう呼ばれていたんだ。
当時彼は45歳くらいだったけれど、一緒に喫茶店でパーティしたり、マリファナ吸ったりした。
ヒッピー最高の時代に、最高の場所に身を置いているという、間違いのない快感があった。

一ヶ月ほどカトマンズに滞在した僕は、体調もよくなって再びインドの旅に出た。放浪者だからね、
一箇所に長い間止まってられないのですよ、僕という人間は。だから、とにかく動く。移動する。
また無一文の旅の始まりだった。

持ち物も徹底的に減らした。小さなバッグとショール、それと褌(ルビふんどし)に裸足で十分
だった。足の裏は登山靴並みにカチカチになっていた。ジーパンもジャケットも要らない。
インドはショール一枚あれば寝られるしね。

目指すは山岳地帯のカシミール。織物のカシミアで有名なところ。といっても当然カシミアはい
らない。そこには聖者たちが集まると聞いていたからだ。聖者(サドゥー)はいた。全インドから
集まってきていた。長いひげをはやし、腰巻一つの半裸姿で、裸足で放浪している人たちだ。
彼らは、ヨーガを窮め、神のために生きる行者であり、巡礼者である。

彼らは、「聖なる植物のスピリット」をパイプで吸いながら、巡礼する。自分の快楽のために吸う
んじゃない。シヴァ神のために吸うのだ。マリファナをね。彼らの宗教の形は、マリファナ(ハシシ)
を吸って神様にお祈りを捧げるということ。「マリファナ=薬物=法律で禁じられている」と思い込ん
でいる人がいたら、その思い込みは外したほうがいい。世界には、「植物のスピリット」をガイドにして人生と魂の奥義を窮めようとしている人がいる。そういうことは、知っていたほうがいいと思う。

ともかく僕はかれら聖者たちと2、3週間山の中のお寺にいた。導いてくれたのは、
女性ロビンフッドみたいな聖者で、マタジという人だった。67歳くらいだったけれど、
タフな女性だった。

若いヒッピーたちにお金を配っては食べさせてあげる使命感に燃えていた。
その山寺に集って修行していた聖者は、平均70歳くらいだった。

インド哲学では人生を4つのライフに分ける。まともな社会人として仕事する期間は
、第3のライフで、そのあと、60歳くらいから第4のスピリチュアルライフが始まるとされている。  


Posted by エハン at 09:07Autobiography