2006年10月02日

漢字と忘れ物



John Duncan

東京のホテルで老眼鏡なしでこれを書いている理由は「忘れ物」です。
昨日のブログにも面白い「忘れもの」があった。それは「神」と云う漢字
だったね。もう皆さんはお気づきだろうと思いますが「無心論者」を書いた
意味はもちろん「無神論者」のことだったね。面白い間違えでした。

考えると心がないことを論理的に唱えることかも知れない・・だから神もいる
訳ないだ。昨日の船井幸雄主催のにんげんクラブでおよそ千人に話しをした
後、サイン会で聞かれたことは「先生はどう云う仕事をする人ですか?思想家
と云うのですか?」

「旅人」と答えた理由は「意識の研究家」と云ってもちょっとピンとこないじゃないかな。
だって皆さんも「意識の研究家」じゃないでしょうか?肉体を着て、三次元を
徹底的に探求する生命体として絶対に研究家で、生きることを体験するために「意識」
を持っている訳だ。

それは質問としてよくあることですね。結局「あなたは一体なにものですか?」と云う
素直なショックからくるご質問だね。答えは「変な外人」かもね・・

僕はものをよく忘れるようになっている最中です。
飛行機の中でメガネを忘れたが、たまたま (本当に最近は全然持っていない)
ピンホール・メガネと云うレンズのないプラスチックに穴が100個空いたものはかばん
にあった。使うと目は強くなるがめんどくさいですね。

これは三回目「目ですよ!」でそろそろ言うことを聞いたほうがいいかな
  


Posted by エハン at 07:27コミュニケーション